全国 > 東京都 > 台東区 根岸鶯谷浅草橋浅草上野吉原 千束四丁目 1小便禁止看板 2浅草ホテル跡 3おはぐろどぶ跡 4「土手」の屋号 5旅館「白菊」跡 6おはぐろとぶ跡 7トルコ風呂跡地 8大文字楼跡地 9赤線跡 10大門 11伏見通り 12旅館 13吉原弁財天 14京町二丁目と角町の間の通り 15旧「金よし」 16吉原の飲食店 17赤線跡 18坂井旅館 19マスミ 20吉原今昔図 21愛護地蔵尊 22花吉原名残碑
すべてのジャンル > 歴史・社会 > 歴史 地誌

入谷~吉原(花吉原名残碑)吉原弁財天。庄司甚右衛門の碑。

途中、吉原弁財天へ立ち寄りました。ここには数多くの見所があります。

「花吉原名残碑(はなのよしわらなごりのひ)」は、吉原が、江戸唯一の幕府公認の遊郭であり、昭和33年の売春防止法が施行されるまで続いていたことを名残惜しむ碑です。

花吉原名残碑の隣には、幕府の許可を得て元吉原を開業した庄司甚右衛門の碑があります。

案内板があるので、これを読むと吉原の歴史を知ることができます。

----花吉原名残碑(はなのよしわらなごりのひ)----
吉原は、江戸における唯一の公許の遊廓で、元和三年(1617年)、葺屋町東隣(ふきやちょうひがしどなり、現中央区日本橋人形町付近)に開設した。吉原の名称は、植物の葭(よし)の生い茂る湿地を埋め立てて町を造成したことにより、はじめ葭原と称したのを、のちに縁起の良いう文字に改めたことによるという。
明暦三年(1657年)の大火を契機に、幕府による吉原遊廓の郊外移転が実行され、同年8月、浅草千束村(現台東区千束)に移転した。これを「新吉原」と呼び、移転前の遊廓を「元吉原」という。
新吉原は、江戸で有数の遊興地として繁栄を極め、華麗な江戸文化の一翼をにない、幾多の歴史を刻んだが、昭和三十三年「買春防止法」の成立によって廃止された。
(後略)

コメントよろしくお願いします。