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守谷(清瀧香取両神社)清滝神社の下、俗にいう滝下には、料亭がありました。

江戸時代、守谷地区では水運が開け、坂戸井、大木、野木崎など沿岸各所に河岸ができました。河岸とともに発展したのは、その河岸に停泊する船の船頭を相手にする水茶屋でした。水海道河岸にはその水茶屋が数件あり、また、坂戸井河岸、清滝神社の下、俗にいう滝下にも、増屋、花屋などという料亭がありました。*1
(写真は、鬼怒川にかかる滝下橋から見る清滝神社方面。)

江戸時代、清滝神社では毎年秋の取り入れが終わった10月、村芝居が興行されていました。娘っ子たちは、その日になると板戸井にただ一軒ある髪結へ出かけ、綺麗に身づくろいをして祭りに出かけました。*2

川べりの鳥居。かつては、河岸からこの鳥居めがけて登る道があったのでしょうか。

船頭の船主が寄進したものと思われます。

参考文献

*1
守谷中央図書館広報もりや掲載 郷土の歴史守谷市教育委員会2002 リンク
第80号1970.9.1
鬼怒川雑史 リンク

水運が開け、舟の往来が激しくなると、沿岸の各所に河岸ができた。守谷地区では…

*2
守谷中央図書館広報もりや掲載 郷土の歴史守谷市教育委員会2002 リンク
第106号1973.6.25
高梨輝憲板戸井の村芝居と乙子の石神様 リンク

(1)板戸井の村芝居
江戸時代、働くことを強制されていた百姓たちは娯楽に…

参考記事

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