長峯の山を登りきったあたりが、古市遊廓の中心部でした。
備前屋、杉本屋、油屋の三楼は古市三大妓楼と呼ばれていました。備前屋があった場所は、現在は駐車場になっています。
備前屋跡の碑。
備前屋は、牛車楼とも呼ばれました。これは、享保年間に名古屋に出店を持ったとき、さる高貴の者が牛車で来遊したことがあったためといわれています。*1
【参考文献】
*1 中沢正:遊女物語(雄山閣出版,1971)P.156
長峯の山を登りきったあたりが、古市遊廓の中心部でした。
備前屋、杉本屋、油屋の三楼は古市三大妓楼と呼ばれていました。備前屋があった場所は、現在は駐車場になっています。
備前屋跡の碑。
備前屋は、牛車楼とも呼ばれました。これは、享保年間に名古屋に出店を持ったとき、さる高貴の者が牛車で来遊したことがあったためといわれています。*1
【参考文献】
*1 中沢正:遊女物語(雄山閣出版,1971)P.156