山口日都志: 女性哀史 佐世保遊里考 (芸文堂,2017)

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軍港設置と殆ど時を同じくしてできた木風遊廓は、小佐世保に移転してからいよいよ繫昌し、日露戦争頃には妓楼の数三〇余り、娼妓また四百人を数えた。しかし、”戦争によってますます大きくなった海軍と市の人口では、これでもまだ足りぬ”というわけでもなかったろうが、明治42年頃になると、新たに名切遊廓(花園遊廓ともいった)ができた。