東交出版社: 最新青森市住宅明細図 (東交出版社,1966)

P.59 宝来町。旅館が密集している一画。旅館吉福、旅館第二吉福、旅館第三吉福、みやぎ荘(み…

 青森市常盤町町会: 常盤町発展史 (青森市常盤町町会,1986)町会創立六十周年記念

P.15-P.17 旭町一帯の発展のきっかけとなったのは、明治43年の青森大火である。当時堤川端柳原にあった遊…

 中園裕: 青森・東津軽今昔写真帖 : 保存版 (郷土出版社,2010)

P.32 明治43年の大火で柳原(現・港町)にあった遊廓は全焼、その後、旭町に復活する。戦後、…

 朝日新聞社: 朝日新聞.西部版 (朝日新聞社,2015.8.2)染めた看護服 太平洋戦争下、国内医療の現実

P.4 終戦の1年ほど前。武雄の女郎屋さんを全部、海軍が借り上げて病舎にしていましたですね。私の病舎は…

 佐世保市史編さん委員会: 佐世保事典 (佐世保市,2002)

花園遊廓 明治時代後期の佐世保には、遊廓といえば小佐世保(勝富)だけであった。一方、宮田町や太田町…

 平岡昭利: 地図でみる佐世保 (芸文堂,1997)

P.72 「花園町の図」に、松月楼、開明楼、本家高砂楼など楼名の記載。 写真72 佐世保の遊…

 吉田容子: 都市地理学vol.10 (日本都市地理学会,2015)敗戦後長崎県佐世保市の歓楽街形成史-遊興空間をめぐる各主体の関係性に着目して

P.70 1954年の2月~3月頃、貸席はどこに存在していたのか。住宅地図で「〇〇ハウス」とある標…

 佐世保地理研究社: 佐世保地理詳解図 昭和29年度 (佐世保地理研究社,1954)

P.21

 山口日都志: 女性哀史 佐世保遊里考 (芸文堂,2017)

P.160-P.163 早岐と相浦が佐世保の副都心であり、早岐は商業と鉄道の街として重要な役割を果たし、 P.106 寛…

 東京交通社: 大日本職業別明細図 宮城県(大正14年発行) (東京交通社,1925)

石巻町 「旭町」「遊廓」の記載あり。 (遊廓の南側は運河が流れており、橋がかかっている。)

 東京交通社: 大日本職業別明細図第358号 宮城県 (東京交通社,1934)

中瀬の西に、春潮楼、満壽田、滝川、八幡家、鳥文、ことぶき、ひよし、亀泉、の料亭の記載あり。

 南相馬市教育委員会博物館市史編さん係: *原町市史.第11巻(特別編4)旧町村史 (南相馬市,2008)

栄華楼、会津そば屋、小柳屋などの記載。

P.149 明治元年(1686)の戊辰戦争で、領内に新政府軍が多数入ってきたことにより「遊女」が求められ、小…

 小松和彦: 秋田県の遊廓跡を歩く (カストリ出版,2016)P.120-P.155

P.120-P.155 洋館の妓楼「昭和館」など、扇田の遊里についての取材レポート。

300年以上の歴史を持つとされ、長年にわたって地域の台所を支えてきた市日で、約45年前からJR花輪…

P.169-P.170 津和野踊りに見られる覆面の装束は、敵をいつわるための方略であったが、その形をうけて、夏…

 越野弘之: 昭和レトロ自販機大百科 (洋泉社,2015)

P.69 近くには、キャンプ場やゴルフコースなどもある県道79号線沿い。JR成田線滑河駅からも1キロ以内…

P.87 種類にこだわりレトルトカレー 広い店内には、コクランオリジナルパネルのめん類自販機二台と、全…

 大津町史刊行委員会: *出雲市大津町史 (大津町史刊行委員会,1993)P.872,「明治・大正の町通りの家並図」

森福検番、中央検番、江角検番、柿田検番、の記載あり。

P.872-P.873 明治以来、大津の商工業は急速に発達した。古老に尋ね、各戸の生業状況を復元してみた。

目次

序章 風俗散歩とは 第一章…

P.120-P.121 ピンクピラとは、繁華街やラブホテルの電柱や標識柱に貼られているデリヘルなどの無店舗型性…

歴史散歩、文学散歩、グルメ散歩、路地裏散歩など、“散歩”には、いろいろな種類があります。

 佐藤洋一: あの日の浅草 (武揚堂,2007)昭和26年から30年代の思い出と出会う : 地図と写真でたどる (地図物語)

・現在の浅草3丁目30−5に「浅草ニュートルコ」の記載。 ・現在の浅草3丁目40−12。ヘルストロン…

 鉄人社: *東京裏地図 (鉄人社,2007)裏モノJAPAN8月号別冊 行かなきゃ損する都内B級スポット200選

今でではすっかり見ることのなくなった回転ベッドを、今でも楽しめることができる。ベロアの貼られたカベ…

 渡辺寛: *全国女性街・ガイド (季節風書店,1955)

P.66 中央線立川駅を降りると、黄色を尻目に米パンがバイキンのように泳いでいる。 その間を…

 上村敏彦: 東京花街・粋な街 (街と暮らし社,2008)

P.105 日本橋芸者の起源は古い。「女芸者の時代」によれば、「妓者呼子鳥(げいしゃよぶこどり)」に、常…

P.164 西小山花柳界の全盛は昭和10年前後だった。料亭・待合が四十五軒、芸妓置屋が四十二軒、芸妓は芸…

P.184-P.186 以前は神田川沿いに紅灯が並び、三味線の音が聞こえていた風情も失われ、現在営業している料…

P.231 ・旧見番があった場所にある2階建ての建物。 ・待合の雰囲気が漂う建物。

P.135 根岸の三業地が許可されたのは大正10(1922)年のことで、地元の矢野弦吉、伊木勝太郎ら数人が尽力…

 日本遊覧社: *全国遊廓案内 (日本遊覧社,1930) リンク

野辺地遊廓は、青森県上北郡野辺地町にあって、東北本線野辺地駅で下車すれば北へ約三丁の地点にあたって…

P.51  三本木町遊廓は、青森県三本木町新地にあつて、東北線古間木駅で十和田鉄道に乗換へ三本木駅で下…

 上村敏彦: *花街・色街・艶な街 色街編 (街と暮らし社,2008)

P.37-P.39 品川三業地の開設 明治中頃から、街道に面して妓楼が並ぶ品川は風紀上の問題もあり、移転先が…

P.100 城東三業組合事務所(見番)があった建物。現在は、亀戸三丁目自治会館として使われている。

P.123 昭和23年当時の立川市の地図(観光の日本社発行)。2ヶ所の指定地がわかる。

P.120-P.121 戦後の混乱期がやや落ち着き始めた昭和24年(1949年)、中町二丁目の一画に八軒の木造の家が…

 林順信: *東京路上細見1 (平凡社,1987)湯島・本郷・根津・千駄木・神田

P.275 外神田二―六―三の表札を見ると、大きな看板の下がった家がある。看板には、「神田芸妓・芸妓置屋組…

 睦書房: *人情講談 昭和27年9月号 (睦書房,1952)

P.162 羽衣町から、国電立川駅へ行く途中の錦町。羽衣町はうっかりすると住宅街と間違える。

 福富太郎: 昭和キャバレー秘史 (河出書房新社,1994)

1940年 3月 キャバレー「美松」(榎本正。銀座三越裏)開店 1945年 8月28日 進駐軍特殊慰安施設協会…

P.47 関東大震災から昭和5年ころまでは、キャバレーという言葉はまだなく、すべてカフェーと呼ばれてい…

 松川二郎: *全国花街めぐり (誠文堂,1929)

P.106 向島という土地は、元来東京から遠出で遊びに行くところで、向島芸妓はその遠出の客の座敷に招ばれ…

P.17 新橋の花街は元は烏森と一つの花街で、京橋と芝の区界である「新橋」を真ん中に、煉瓦地芸者・南地…

P.80 ここに花街のできたのは大正11年、東京では一番新しい花街であるが、、そこへ丁度彼の大震災で下町…