米田明三: 多度津町文化財保護協会会報第20号 (多度津町文化財保護協会,1977)「明治37年5月28日丸亀連隊の御用船へ乗船時の多度津港略図」

P.12 明治三十七、八年頃の記憶に基づく内湛浦と附近の略図

善隣出版社: 徳島市・鳴門市 1960 (日本住宅地図出版,1960)

P.80 旅館陣幕、旅館高松、多田席、スタンド国の山、清光亭、旅館春風館、の記載。

西田素康: 撫養港の「みなと文化」 (みなと総合研究財団,) ···外部リンク···

P.88-22-P.88-24 遊里・料亭 廓 撫養港そばの林崎遊廓の起源は、近世末にさかのぼる。鳴門市史上巻 …

東京交通社: 大日本職業別明細図 徳島縣及徳島縣 第164号 (東京交通社,1929)洲本町 撫養町 福良町 板西町 板東町 堀江村

撫養 林崎花街 長亭、淀川、検番、〇安亭、柳本、松廻家、いづか、うきよ、八木、清光座、陣幕支店、みよし野、高松 …

今井金吾: *今昔東海道独案内 (日本交通公社出版事業局,1994)

「御油より赤坂までは十六町にして、一宿のごとし。宿に遊女多し。おなじ宿なれども御油は賤しく、赤坂はよろし。(改 …

都市出版: *東京人 25(2) (通号 277) (都市出版,2010.2)

P.28-P.33 辰巳新道は、昭和26年に屋台を集め、一軒三坪が基本の長屋に作られた。当時は、花屋、菓子屋、 …

太田和彦: 辰巳新道-門前仲町 (都市出版,)特集 横丁のちょっとうまい店 ; この町が熱い!

P.28-P.33 辰巳新道は、昭和26年に屋台を集め、一軒三坪が基本の長屋に作られた。当時は、花屋、菓子屋、 …

山谷一郎: *網走私史 第3集 (山谷一郎,1995)

P.66 昭和12年頃の八丁目は、昔日の繁栄の姿は消え、軒を列べていた越中楼、金松楼、松葉楼、昇月という大店は …

P.33 昭和編 昭和2年の頃は、町にまだカフェーと呼ぶものが一つもなかった。遊廓も四軒ほど残っていたが、昔日 …

山谷一郎: *岬を駈ける女 (はたもと出版,1992)

P.270 中川イセ略歴 ・1901年(明治34年)8月26日山形県干布村荻野戸(ほしぬのむらおぎのと)に生ま …

P.24-P.25 網走遊廓は明治25年には既に紅灯をともしていた。当時の網走村の人口は、わずかに600人、そ …

北陽社: 網走市街明細図 (北陽社,1929)

現在の網走市南三条西に、 ・網走遊廓の金松楼、越中楼、北越楼、巴楼など ・割烹の北盛亭 の記載。

風きよし: *古今東西風俗散歩 (トランスワールドジャパン,2012)歩いて知る日本の大衆文化史 ···外部リンク···

著者(風きよし)が独自の目線で書いた散歩本。

P.120-P.121 ピンクピラとは、繁華街やラブホテルの電柱や標識柱に貼られているデリヘルなどの無店舗型性 …

歴史散歩、文学散歩、グルメ散歩、路地裏散歩など、“散歩”には、いろいろな種類があります。

渡辺寛: *全国女性街・ガイド (季節風書店,1955)

P.66 中央線立川駅を降りると、黄色を尻目に米パンがバイキンのように泳いでいる。

高知遺産プロジェクト: *高知遺産 (グラフィティ,2005)

p.95 天神町 観光ホテルとラブホテルとが混在する奇妙な風景。

上村敏彦: *東京花街・粋な街 (街と暮らし社,2008)

P.51 戦時中には強制疎開で取り壊されたり、廃業した料亭・待合も多く、戦災で被害を受けなかったのはわずか六軒 …

P.179 昭和2年の「全国芸妓同盟会総員名簿」によると、大木戸芸妓組合事務所は旧永住町36番地。(現ホテルニ …

日本遊覧社: *全国遊廓案内 (日本遊覧社,1930)

P.51  三本木町遊廓は、青森県三本木町新地にあつて、東北線古間木駅で十和田鉄道に乗換へ三本木駅で下車する。

上村敏彦: *花街・色街・艶な街 色街編 (街と暮らし社,2008)

P.100 城東三業組合事務所(見番)があった建物。現在は、亀戸三丁目自治会館として使われている。

P.123 昭和23年当時の立川市の地図(観光の日本社発行)。2ヶ所の指定地がわかる。

P.120-P.121 戦後の混乱期がやや落ち着き始めた昭和24年(1949年)、中町二丁目の一画に八軒の木造 …

林順信: *東京路上細見2 (平凡社,1987)日本橋・人形町・銀座・築地・佃島

P.275 外神田二―六―三の表札を見ると、大きな看板の下がった家がある。看板には、「神田芸妓・芸妓置屋組合」 …

睦書房: *人情講談 昭和27年9月号 (睦書房,1952)

P.162 羽衣町から、国電立川駅へ行く途中の錦町。羽衣町はうっかりすると住宅街と間違える。

この地が花街として発展したのは、寛政年間からであって、各所に散在していたのがいつの頃よりか、今日のような繁昌を …

花街の創設 芝居茶屋が出現するど同時に草分け芸者として生まれ、翌年(明治3年)頃に二十三、四人の芸者が集まる花 …

松川二郎: *全国花街めぐり (誠文堂,1929)

P.80 ここに花街のできたのは大正11年、東京では一番新しい花街であるが、、そこへ丁度彼の大震災で下町の花街 …

木村聡: *赤線跡を歩く (自由国民社,1998)消えゆく夢の街を訪ねて

P.27 ・可憐な概観を持つ建物。コンクリートをくり抜いたような窓。 ・何気なくのぞいた倉庫の中にタイル張りの …

記録映画「赤線」を見ると、錦町はいわゆるカフェー調、羽衣町は平屋一戸建てが並ぶ都営住宅のような景観だったようだ …

日本遊覧社: 全国遊廓案内 (日本遊覧社,1930)

稲川勝二郎: *歓楽の名古屋 (趣味春秋社,1937)

P.42 「中村旭廓内明細図」に妓楼の屋号が記載。

P.46-P.47 「稲栄錦町遊廓明細図」

津和野町観光協会: 森鴎外津和野ゆかりの地を巡り歩く (津和野町観光協会,)P.3

P.3 横堀米蔵跡 「ヰタ・セクスアリス」に「門の前はお濠で向うの岸は上(かみ)のお蔵である。」