現在の船町付近は、かつては桜町と呼ばれる花街でした。
明蓮寺、善教寺、天満宮の門前の要素が強く、町名も艶っぽく「桜町」と呼ばれました。(写真の案内板より)
全国女性街・ガイド*1 には次のように紹介されています。「芸者は市内中央の桜町界隈にあって275名の殷盛ぶり。但し、五分の四は芸者というより酌婦級である。」
![](http://pds.exblog.jp/pds/1/201105/22/51/e0073751_2221761.jpg?w=450&h=300)
![](http://pds.exblog.jp/pds/1/201105/22/51/e0073751_2222814.jpg?w=450&h=300)
![](http://pds.exblog.jp/pds/1/201105/22/51/e0073751_2223525.jpg?w=450&h=300)
![](http://pds.exblog.jp/pds/1/201105/22/51/e0073751_2224218.jpg?w=450&h=300)
*1 渡辺寛:全国女性街・ガイド(季節風書店,1955)P.201
*2 米村六松:最新中津町全圖(都市調査協會,1925)
現在の船町付近は、かつては桜町と呼ばれる花街でした。
明蓮寺、善教寺、天満宮の門前の要素が強く、町名も艶っぽく「桜町」と呼ばれました。(写真の案内板より)
全国女性街・ガイド*1 には次のように紹介されています。「芸者は市内中央の桜町界隈にあって275名の殷盛ぶり。但し、五分の四は芸者というより酌婦級である。」