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常陸太田(狢横丁)待合があった通り。東三町と西三町とをつなぐ路地。

東三町と西三町とをつなぐ路地が二つあって、待合や芸妓置屋が多い所でした。そのうちの一つ、狢(むじな)横丁と呼ばれる通りは、東町から入り、「新柳」や「釜平」※1 を経由して西町の旧千代本の横に出る通りです。*1

一品料理「新柳」。

新柳の奥(西側)には、待合がありました。*2

西三町側から振り返ったところ。

参考文献

*1
常陸太田市史編さん委員会常陸太田市史 通史編 下常陸太田市1983.3
世相と娯楽

P.530
大正14年(1925)から昭和10年(1935)頃までの太田町ついて次のよう…

参考記事

※1常陸太田(釜平)ソースかつ丼の名店。大盛りは、ものすごいボリューム。

この記事を参照している記事

常陸太田(狸横丁)芸妓置屋「若小磯」があったあたり。
常陸太田(コンクリゴミ箱)狢横丁の入口。

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