今回は、小浜(福井県小浜市)の町並みを散歩します。鮮魚店などが建ち並ぶ小浜の泉商店街は、鯖街道の起点です。

鮮魚店が並ぶアーケード街。写真右手前に、鯖街道資料館があります。
若狭から京都へ至る多数の街道や峠道には、本来それぞれ固有の呼び名がありますが、近年、運ばれた物資の中で「鯖」が特に注目され有名になったことから、これらの道を総称して「鯖街道」と呼ぶようになりました。(展示の案内板より)

鮮魚店。

アーケード街が長く続きます。

鯖江の寺町商店街にある老舗食堂。

中華そば、オムライス、カツ丼など、メニューが豊富です。

老舗店らしい雰囲気。

ケチャップで味付けされたオムライス。皿には、味見屋のロゴ。

参考文献
参考記事
旭町の料亭街の一本西側の通り。登録文化財の「料亭天狗楼」の建物が建っています。

貴重な料亭建築です。

玄関に掲げられた「天狗楼」の屋号。

外観は伝統的な町家の形式です。

参考文献
参考記事
鯖江の旭町。松阜神社の西側には、花街の名残と思われる料亭が現在も営業中です(写真右奥は、料亭中松)。

料亭「富士の家」。

落ち着いた佇まいです。

夜の様子。
鯖江の花街は、平成3年(1991年)まで続きました。*1

参考文献
*1弁天遊廓内。市橋楼があった場所の南側には、古い建物が残っています。

「当時の遊廓の町並み」*1 によると、この場所には、カフェがありました。

1971年の住宅地図*2 には、「三楽」と記されています。

2階部分。

参考文献
*1参考記事
「当時の遊廓の町並み」*1 によると、河和田街道(国道417号線)沿いの弁天橋の西側が遊廓への入口で、菓子屋、ヘンクツ屋食堂、クリーニング、うどん、そば、金花楼、以上東側(写真右側)、小間物屋、駄菓子屋、以上西側(写真左側)が並び、その奥に、市橋楼、弁天座、泉谷支店、開進楼がありました。

「弁天」の電柱番号札。

写真手前から、市橋楼、弁天座、泉谷支店、開進楼、と並んでいました。*1
現在は住宅地になっていて当時の面影はありません。

市橋楼の東側(写真右側)には、射的場、髪結、斡旋屋が並んでいました。*1
弁天遊廓を取り仕切っていた市橋楼(初代は福井からやってきた人)には、若い衆や女たちが沢山いました。*2

弁天遊廓が出来て以来、町が賑やかに栄えたので、人々は弁天様を敬って、弁天通りとか、弁天橋、弁天川、弁天湯などと呼ぶようになりました。*1

旭町の交差点から北陸本線のガードをくぐり、東へ100m進んだ柳町。国道417号線と弁天川が交差する場所に弁天橋がかかっています。

弁天橋から北へ100m。橋を渡った西側が遊廓がった場所です。*1*2

弁天川を沿い。遊廓の北側に弁天湯がありました。*3

鯖江市旭町2丁目にある弁財天(弁天堂)。
江戸時代中期に鯖江藩ができて、街道沿いの鯖江の町には、武士や用人たちをはじめ人々が集まり、町は栄えました。*1

やがて、清水の湧き出る弁天様の境内には、夜な夜な弁財天のような美しい夜鷹が出没し、賑わいだしました。すると、これは風紀上良くないと、そのわずか東の清水町の外れの今の柳町の一角に通称「弁天」と呼ばれる鯖江の遊女街が造られました。*1

弁財天の前は、「弁天パーク」と名付けられた駐車場のスペースになっています。

本堂。

今回は、鯖江(福井県鯖江市)の町並みを散歩します。JR北陸本線の鯖江駅構内。

ゴミ箱に並んで白ポストが設置されています。

赤文字で「有害図書」。解りやすい表記です。

小さな文字で、「紙くず等は入れないでください」の注意書き。

参考文献
参考記事
大野市街の北側の錦町は、周囲に寺院が林立する静かな町です、ここにスナックや理容室が入居する長屋の建物が佇んでいます。

風情のある理容室。

玄関部分はアーチで装飾されていて、モダンな雰囲気です。

2階部分。
