東金(百万弗)娯楽の殿堂。飲食店が併設。

今回は、東金(千葉県東金市)の町並みを散歩します。
東金駅前にあるパチンコ百万弗。

娯楽の殿堂 百万弗。

飲食店が併設されています。

大衆酒場、やきとり。

参考文献

参考記事

小田原(寿庵)古民家風の佇まい。小田原駅近く。

小田原駅近くにある古民家風の佇まいの店舗。

蕎麦処寿庵

天ぷら蕎麦とビールを注文。

歴史感溢れる老舗のお蕎麦屋さんです。

参考文献

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小田原(小便小僧)飯田薬局前。店の広告に一役買っています。

小田原市の本町2丁目の交差点の角にある飯田薬局。

店の前に池のようなスペースがあります。

小便小僧。

看板がぶら下げられていて、店の広告に一役買っています。

参考文献

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小田原(清風楼)松原神社の東側。現在残っているのは清風楼のみです。

松原神社の東側。黒板壁の続く通りがあります。

松原神社の膝下にある小路を中心とした宮小路はかつては小田原随一の繁華街でした。戦前には映画館、劇場、呉服店、小間物屋、料理屋、カフェ、芸者置屋などが軒を連ね、この宮小路には料亭として、清風楼、春日、桝金、弥生などがありました。

現在残っているのは清風楼のみです。

反対側の青物町商店街に、現在の店の入口があります。

参考文献

*1
小田原史談会小田原史談小田原史談会
第281号2025.4
清風楼小田原ご当地物語 青物町(その4)

松原神社の膝下にある小路を中心とした宮小路はかつては小田原随一の繁華街であ…

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小田原(旧鈴廣本店)旧店舗の建物。千度小路。

今回は、小田原(神奈川県小田原市)の町並みを散歩します。
小田原市本町の千度小路。

鈴廣の旧店舗の建物が残っています。

鈴廣は、1865年(慶応元年)創業。明治中期に、千度小路に店を移し屋号を「鈴廣」と改めました。*1

通用口側。

参考文献

*1
鈴廣鈴廣の沿革鈴廣 リンク

1865年(慶応元年)
創業。四代目 村田屋鈴木権右衛門が、小田原代官町に網…

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成田(チルチル)レトロで豪華。ガス灯のようなデザイン。

成田山新勝寺近くの成田街道沿いにある純喫茶チルチル。

ガス灯のようなデザインの電灯。

内装やシャンデリアがレトロで豪華です。

メロンクリームソーダを注文。

参考文献

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成田(清瀧権現堂・地主妙見宮)新吉原、西の宮。稲辨楼。

成田山新勝寺の清瀧権現堂・妙見宮。

玉垣などには、たくさんの寄進者の名が刻まれています。

新吉原、西の宮。

新吉原角町 稲辨楼。

参考文献

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成田(ふじや)歴史を感じさせる店内。成田山表参道沿い。

今回は、成田(千葉県成田市)の町並みを散歩します。
成田山・表参道の道が二又に分かれているあたり。

蕎麦処ふじや。

歴史を感じさせる店内。

天ぷらそばを注文。

参考文献

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船橋(湊町2丁目公園)三田浜塩田発祥の地の碑。

国道14号から南に入ったところにある湊町2丁目公園。

三田浜塩田発祥の地の碑。

三田浜楽園は「楽園」の名が示すように、昔は割烹旅館のほかに遊園地があり、小動物園や有料のプールなどもありました。現在、市役所の立っている辺りはちょうどそのプール跡でした。この楽園の土地一帯は古くは有名な三田浜塩田になっていました。

ノーベル賞作家の川端康成が若き日にここに遊んで、のちに短編小説「童謡」(昭和十年)を描き、その舞台にしました。それによると「長い廊下を持った割烹旅館の主人公の部屋では、窓からカレイやボラや鰻が釣れ、枕の下は本当に海水で磯の香りが強かった。」と書かれています。*1

参考文献

*1
フジサンケイリビング総武・常磐編集部京葉散歩 3 船橋市第一書林資料出版室1974.5
三田浜塩田は楽園に

三田浜楽園は「楽園」の名が示すように、昔は割烹旅館のほかに遊園地があり、小…

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船橋(レトロ電柱)船橋郵便局前。船橋新地跡近く。

船橋郵便局前の駐車場の角にレトロ電柱が残っています。

ここから、北へ入ったところが船橋新地跡で、そこにもレトロ電柱があります。※1
この電柱も同じ系統のものかもしれません。

スイッチがついていたと思われる穴跡。

現在の電柱に寄り添うような形で立っています。