今市(旅館の看板)今市市駅前の商店街。休憩もOKの旅館。

今回は、今市(栃木県日光市)の町並みと風俗を散歩します。

今市市駅前の商店街に、旅館の看板に従って路地を入ると老舗旅館日光屋があります。
昭和30年当時、今市市内には、芸妓置屋の梅松の家、山陽家、新春の家、年寿々本、年都、春の家、文春の家などがあり、当時の旅館としては、木村屋、つたや、あたみ館、日光屋、村上屋、本多屋、白川屋、からかさ屋、かどや、福田屋、日の出屋などがありました。*1

今市市駅近くの通り。

旅館の看板がありますが、近くに旅館はありません。休憩もOKの旅館だったようです。

【参考文献】
*1 渡辺武雄:今市の懐旧(渡辺武雄,1991)P.84

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鬼怒川温泉(秘宝殿)鬼怒川お竜。坂東武者出征前夜。

鬼怒川秘宝殿は、純和風の秘宝館です。TBSのテレビ番組「別冊アサ秘ジャーナル」で紹介されました。館内は、撮影OKです。

入口正面の展示品の「鬼怒川お竜」。藤純子演じるお竜を参考にして制作されたものと思われます。*1

「坂東武者出征前夜」。戦におもむく前夜。坂東武者夫婦が別れを惜しむ姿を具現化したものです。*1

豊臣秀吉の5P。*1

【参考文献】
*1 酒井竜次:I love秘宝館(八画,2009)P.72-P.81

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鬼怒川温泉(鬼怒川秘宝殿)ゲームコーナーが併設。龍王峡駅から徒歩3分。

東武鉄道鬼怒川温泉駅から3駅の龍王峡駅から徒歩3分のところに、鬼怒川秘宝館がありあります。

秘宝館には、大人の売店とゲームコーナーが併設されています。

大人の売店とゲームコーナーは無料です。
大人のUFOキャッチャー。

「鬼怒川モンロー」。

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鬼怒川温泉(ブロンズ像)くろがね橋。箱根・彫刻の森公園にも展示されている作品。

鬼怒川温泉のくろがね橋。温泉街の中心部です。

彫刻家の峯孝の代表作「プリマベラ(春)」(1972年)のブロンズ像があります。

箱根・彫刻の森公園にも展示されている作品です。

下から見上げてみました。

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鬼怒川温泉(花の町)道路の幅が広くなった一画。1階がタバコ屋さん。

「全国女性街ガイド」*1によると、鬼怒川温泉には、花の町に16軒の赤線がありました。
現在も「花の町」という地名が存在し、道路の幅が広くなった一画があります。

1階がタバコ屋さんになっている建物。

飲み屋だったと思われる建物。

花の町。

【参考文献】
*1 渡辺寛:全国女性街・ガイド(季節風書店,1955)P.103

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鬼怒川温泉(京町)かつては、スナックなどの飲食店舗が密集。古い住宅地図。

京町の付近に掲示されてた住宅地図を見ると、かつては、スナックなどの飲食店舗が密集していたようです。

現在の京町は、歓楽街的な雰囲気はありません。カラオケスナックが1店舗だけあります。

「松葉」という屋号の店舗があったあたり。

この付近には、料理屋などがあったのかもしれません。

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鬼怒川温泉(京街坂)本町行灯通りから。電柱番号札に、「京町」の名。

温泉街の中心部からやや南にはずれた場所にある「本町行灯(あんどん)通り」。

本町行灯(あんどん)通りから「京街坂」と名付けられた坂道があります。

「全国女性街ガイド」によると、鬼怒川温泉には、京町と花の町の2か所に赤線がありました。*1
電柱番号札に、「京町」の名があります。この付近に赤線があったのかもしれません。

現在の京街坂に歓楽街の面影はありません。

「全国女性街ガイド」には、「赤線は、”暴力の街”、”ヤマの女”として有名で花の町<通称ヤマという>に16軒52名。町はずれの京町に11軒27名いる。二つとも暴力的に引っ張り、最近は川のたもとまで客呼びにきているから要心。泊は宿へ呼ぶと二千円に素泊まり五百円<万事思い上がった暴利>とられるが、押しかけると千円でオンの字。情緒なし。」と紹介されています。*1
【参考文献】
*1 渡辺寛:全国女性街・ガイド(季節風書店,1955)P.103

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鬼怒川温泉(ホテル廃墟)名物のかっぱ風呂。鬼怒川の流れやロープウェイなど一望。

今回は、鬼怒川温泉(栃木県日光市)の町並みと風俗を散歩します。
鬼怒川温泉は、東武鉄道鬼怒川線の鬼怒川温泉駅から鬼怒川公園駅に至る南北約2kmの範囲にあります。滝見橋から眺めると鬼怒川の両岸にホテル街を見ることができます。

道路の東側が旅館の入口です。この付近のホテルは鬼怒川温泉の中では古く、現在は廃業しているホテルがほとんどです。

名物の「かっぱ風呂」の看板。

かっぱ風呂は、円型の大浴場で、ここからは鬼怒川の流れやロープウェイなど一望できます。

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板橋(板橋遊廓跡地)中島楼、川越楼、武蔵楼。

板橋遊廓は、商店街の中に散在していました。現在、その面影を見ることはありません。
現在の板橋三丁目のりそな銀行の東隣あたりには、中島楼がありました。*1

当時のままの建物が残されている岡部医院(板橋三丁目)の対面あたりには、川越楼がありました。*1

王子新道に近いあたりには、武蔵楼がありました。*2

現在の靴屋の「きんぱや」の付近には、宿場一と言われた旅館「伊勢孫」がありました。*3

【参考文献】
*1 上村敏彦:花街・色街・艶な街(街と暮らし社,2008)P.40-P.43
*2 日本文芸社:荷風!Vol25(2010.7) P.48-P.53
*3 日本文芸社:荷風!Vol19(2009.3) P.84-P.86

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板橋(花の湯)立派な唐破風。石像と燈籠。

板橋の仲宿通りに、銭湯の花の湯があります。唐破風が前面に押し出されているので、すぐに見つけることができます。

唐破風の右側が入口になっています。

花の湯の煙突。

待合室には、布袋様?の石像と燈籠があります。

参考文献

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