三国(松ケ下西光寺)三国小女郎の墓。三国で最も古い遊里として賑わいました。

今回は、三国(福井県坂井市)の町並みと風俗を散歩します。
松ヶ下一帯(西光寺付近)は、古くからの船着場で、三国で最も古い遊里として賑わいました。この遊里には、三国小女郎や歌川などの名妓が出ました。*1
宝永8年(1680年)に編さんされた「色道大鏡」*2 の中に、「三国の傾城は、松が下と上新町にあたりにあり、此内揚屋がある出村は竪町と地蔵町とに有。」と記されていて、三国における遊廓の発展ぶりがうかがえます。

西光寺の境内には、当時の遊女の墓が残されています。

三国小女郎(袋屋春路)のものとされる墓。春路は小女郎の本名です。*1

一番奥の墓石の正面は、文字が削られていて判別できませんが、側面には「女郎」とかろうじて判読できそうな文字が刻まれています。

【参考文献】
*1 岡本文弥:遊里新内考(同成社,1967)P.13
*2 藤本箕山,新版色道大鏡刊行会編:色道大鏡.新版(八木書店,2006)P.378

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高岡(休業中の銭湯)唐破風と千鳥破風が入り組んだ荘厳な装飾。

高岡市街の川原町。

「唐破風」と「千鳥破風」が入り組んだ荘厳な装飾。寺院建築と見間違うかのような古代風の造りです。

懸魚(げぎょ)も大きく立派です。

現在は、休業している模様です。

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高岡(芸子地蔵)責任感から投身自殺を図った芸妓。

繁久寺(前田利長の墓所の隣)の門前に、「芸子地蔵」が建っています。

この「芸子地蔵」が建立されたのは、次の経緯によるものです。
昭和6年、大門町の料理店で働いていた芸妓の雪江(21歳)と同店の従業員のとよ(23歳)の二人が遊客と婦中町へ遊びに行った。帰る途中の夜中の12時頃に料理店へ電話し、「お客からまだ花代を貰っていないので、貰ったらすぐ帰る。」といって消息を絶ちました。早朝になっても帰らないので、八方手を尽くして探したところ、庄川で溺死しているのが発見されました。花代を踏み倒されて、責任感から雄神橋から投身自殺を図ったのでした。

地蔵の正面には、二人が手を取り合っている姿が彫られています。

側面には、悼句「水の瀬の音なくなりぬ秋の風」が刻まれています。

【参考文献】
*1 高岡市民文化振興事業団 「きらめき編集室」:高岡文化情報誌「きらめき TAKAOKA」(vol. 11,1993)P.31 「若き芸子の姿に、今はなき心の財産を見たり。」

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高岡(大仏飲食店街)高岡大仏の近く。30mほどの小路に飲食店が密集。

高岡市新横町大仏町。大佛寺にある高岡大仏は、奈良の大仏と 鎌倉大仏と並んで日本三大大仏と称されます。
その高岡大仏のすぐ近くに大仏飲食店街があります。

表通りの看板に導かれて路地を入ると、大仏飲食店街の入口があります。

30mほどの小路に飲食店が密集しています。

夜に来てみたい飲食店街です。

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高岡(ブロック塀)立小便禁止の貼り紙。高岡関野神社。

末広町にある高岡関野神社の周囲は高いブロック塀で囲まれています。近くには、飲み屋街もあります。

ブロック塀の向こう側には、高岡御車山祭(たかおかみくるまやままつり)で使用される曳山の保管倉庫があり、いわば「神聖なる場所」です。

この「神聖なるブロック塀」に立小便をする人がいるようです。

穴あきブロックの無い、黒いブロック塀が約200m続きます。両側がブロック塀となっている場所もあります。

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高岡(ビル間路地)御旅屋通りの商店街。昔のままの状態で残されています。

御旅屋(おたや)通りの商店街。「カメラのクラタ精美堂」の脇の路地。

生活路地が昔のままの状態で残されています。

奥には、「日の出屋」と書かれたの看板。

奥(反対側)から見たところ。

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高岡(駅前ビルの風俗店)今は使われていない看板。

高岡駅前ビルの全景。

夕方になると、ネオン看板が置かれます。

1階に入居している風俗店(ピンサロ)。

今は、使われていない看板が、駅ビル内部の廊下に置かれていました。

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高岡(高岡駅前ビル内部)環状に配置された建物。

高岡駅前ビルの内部は、まさに異空間そのものです。
建物は、環状に配置され、共用の廊下や通路、階段が設置されています。

1階と地下1階を結ぶ通称「丸階段」。

地下まで達する吹き抜けの共同の中庭が設けられ、地下1階は飲食街になっています。

中庭は、地階店舗の利用価値や2、3階の住宅部分の住環境を高める効果をもたらしていて、中庭は、駅の地下街ともつながっています。*1

【参考文献】
*1 初田香成:都市の戦後(東京大学出版会,2011)P.285-P.286

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高岡(高岡駅前ビル外観)昭和の香りが色濃く残っている数少ない建物の一つ。

今回は、高岡(富山県高岡市)の町並みと風俗を散歩します。
近年、再開発が進む高岡駅周辺ですが、その中で、高岡駅前ビルは、昭和の香りが色濃く残っている数少ない建物の一つです。地下及び1階は、商店、飲食店、理容室などの商業施設が入居し、2階と3階は居住スペースになっています。

1952年に制定された耐火建築促進法により、全国の都市中心部で防火建築帯が建設され、これらは「商店街共同建築」と呼ばれました。「高岡駅前ビル」は、1962年に建設された「商店街共同建築」で、街区全体を再開発する手法として、当時大きな注目を浴びました。*1

共同の通路の入口にある鳥居。

ビルの中に通路の途中に稲荷神社があります。その向こう側(ピンク色の壁面のところ)は風俗店(ピンサロ)です。

【参考文献】
*1 初田香成:都市の戦後(東京大学出版会,2011)P.253,P.285-P.286

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伏木(スナック店)伏木湊町。商店街の中に居酒屋やスナックが点在。

伏木港に近い伏木湊町。

商店街の中に居酒屋やスナックが点在しています。

木造建物に、スナックの看板。

路地を進むと、同じ名前のスナックがありました。

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