祇園(ラブホテル街)待合から発展。安井神社周辺。

安井神社周辺には、ラブホテル街が隣接しています。鳥居をくぐって参道を歩いているとすぐ脇がラブホテルです。

北側の鳥居を出ると東側にラブホテル街が連なっています。

待合か料理屋だったと思われる和風の建物の両脇はラブホテルです。

大正期以降、安井神社周辺には雇仲居(やとな)が出入りする貸席街が存在していました。雇仲居については、織田作之助の小説「夫婦善哉」や「それでも私は行く」に描かれていて、雇仲居の仕事は「宴会でお酌をするだけ」「芸もいらない」というのが条件で、「明かし」と称される泊まりがありました。*1
このようにして発展した京都の貸席(待合)ですが、「馴染み客だけの利用を待っていては効率が悪い」と、いち早く同伴ホテルに転業したのが、安井のホテル街の前身でした。*2

【参考文献】
*1 加藤政洋:京の花街ものがたり(角川学芸出版,2009)P.206-P.208,P.251
*2 近藤利三郎:なつかしの関西ラブホテル60年裏のうらのウラ話(レベル,2006)P.31-P.34

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祇園(安井金毘羅宮)花街関係者が詣でる神社。たくさんの絵馬。

祇園の花街に近くに悪縁切り・良縁結びで有名な安井金毘羅宮があります。
花街の周辺には、関係者の信仰を集める神社が立地していることが多いのですが、安井金毘羅宮もそのうちの一つでした。江戸時代の学者の本居宣長は、たびたび安井金毘羅宮に足を運び、祇園や宮川町の芸妓に交じって「うかれめ(=遊女)」の姿を見ることを密かな愉しみとしていました。*1

境内には、願いを記した短冊がびっしりと掛けられた石があります。

たくさんの絵馬。

料理旅館「きのゑ」が寄進した灯篭。

【参考文献】
*1 加藤政洋:京の花街ものがたり(角川学芸出版,2009)P.74-P.76,P.246-P.254

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祇園(石塀小路)下河原遊廓の名残。高級料亭や料理旅館が並びます。

今回は、祇園(京都市東山区)の町並みと風俗を散歩します。
八坂神社の南楼門から始まる下河原通りには、高級料亭や料理旅館が並びます。
慶長10年(1605年)、北政所(きたのまんどころ)が夫の豊臣秀吉の菩提を弔うために高台寺を創建、舞芸に達者な女性がこの地召し出され、のちに下河原遊廓となりました。下河原遊廓は、明治に廃絶しましたが、現在もこの界隈に料亭、旅館が多いのはその名残です。*1
下河原の舞芸者は、白拍子の流れを汲む者たちで、彼女たちは高台寺の家来の扱いを受け年貢などは免除されていました。*2

下河原通りの中間あたりに、石塀小路の入口があります。

お茶屋、料理旅館、料亭、スナックなどが建ち並ぶ路地です。石畳の道は風情があります。

この小路の誕生は大正初期。石原裕次郎ら芸能界、歌舞伎役者、医師、室町の旦那らが出入りしました。*1

【参考文献】
*1 小学館:ビジュアル・ワイド京都の大路小路(小学館,2003)P.266-P.267
*2 加藤政洋:京の花街ものがたり(角川学芸出版,2009)P.145

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五条(五条楽園跡)アールデコ調の丸窓。落ち着いた感じの洋風の建物。

五条会館の近くにある落ち着いた感じの洋風の建物。

側面には、アールデコ調の丸窓がデザインされています。

路地に入ったところにある洋風の旧お茶屋さん。

幾何学的なデザインが施されています。

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五条(五条会館)壮大な木造建築。旧五条楽園歌舞練場。

国道1号線沿いの五条大橋のたもとから脇道を入ると五条会館(旧五条楽園歌舞練場)があります。

現在は、さまざまな催し物に活用されています。

異空間に迷い込んだような静けさが広がります。

3階建ての壮大な木造建築。

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五条(アーチの支柱跡)旧五条楽園入口。上の口橋。支柱の跡と思われる痕跡。

今回は五条(京都市下京区)の町並みと風俗を散歩します。五条の風俗散歩は、2006年5月に引き続き、今回で2回目です。
2010年10月28日と11月18日の二度に渡る京都府警による一斉摘発ですべてのお茶屋(ちょんの間)が休業しました。現在は、五条楽園の看板や案内図が撤去され、再開の目処はたっていません。*1
以前は、このあたりに「五条楽園」と書かれた大きな看板があり、五条楽園の入口であることを示していましたが、その看板が無くなっています。

支柱があった場所には、コンクリートで穴を埋められ痕跡が残されています。

ここにあった「五条楽園」の大アーチも撤去されていました。

上の口橋の脇にある支柱の跡と思われる痕跡。

【参考記事】
*1 ズバ王(vol.99 2011.4.9)P.264-P.265「京都五条楽園も終焉か」

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西船橋(お城のラブホテル)城郭を模したラブホテルの特徴。

総武線の高架沿いに、お城のラブホテルがあります。

城郭を模したラブホテルの特徴である「狭間胸壁」(兵士が身体の一部を隠したままで射撃したり戦ったりするための隙間)と「張り出し狭間」(持ち送り支持構造の間に開いた床の開口部から攻撃者に向かって岩石を落とすための穴)がしっかりとデザインされています。*1

城郭を模したラブホテルの3つ目の特徴である「小塔」(狭間胸壁の上に、建物の外周に沿って不規則に配置されている円錐形の屋根を頂く構造物)はありません。
屋上には、「狭間胸壁」がデザインされています。

窓には、像と欄干。

【参考記事】
*1 風俗みちくさ 「中世の城郭を模した風俗建築(その1:ラブホテル建築の場合)

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西船橋(店名の無い看板)18歳未満お断り。駅前の商店街から西へ延びる通り。

西船橋でよく見かける18歳未満入店お断りの看板。店の名前は書かれていません。

このビルの4階に店があるようです。

駅前の商店街から西へ延びる通り。

別の場所にも同様の看板。デリヘルの紹介所でしょうか。

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この記事を参照している記事

西船橋(女流棋士の店)予備校の大きなビル。

西船橋(個室マッサージL)看板だけが残っています。

西船橋駅前の商店街裏の路地。

錆びついた「個室マッサージL」の看板があります。現在、「ファッションヘルス」もしくは単に「ヘルス」と呼ばれている業態は、当初は「個室マッサージ」、「ファッションマッサージ」などと呼ばれていました。

正面へ回っていると、「個室マッサージL」らしい店舗は無く、どうやら看板だけが残っているようです。2階に大看板の跡があるので、店舗は2階にあったのかもしれません。

1985年(昭和61年)、新風営法の施行により、キャバレーなどの従来の風俗営業から、個室付浴場(ソープランド)、ストリップ劇場、個室ヌード、個室マッサージ、ラブホテル、レンタルルーム、ポルノショップなどが「風俗関連営業」に区分され、営業時間は、午前0時閉店に規制され、客引きも取締の対象となったため、業者は大きな痛手を被りました。ところが、個室マッサージだけが増加という珍現象が起きました。新法で認知されたことにより、業者がそれ一本に絞り込んだ結果でした。*1

【参考文献】
*1 広岡敬一:戦後性風俗大系(朝日出版社,2000)P.339-P.342

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西船橋(駅前のキャバレービル)総合レジャービル。

今回は、西船橋(千葉県船橋市)の町並みと風俗を散歩します。JR西船橋駅前にランドマークのようにそびえている早稲田予備校西船橋校の手前にキャバレービルがあります。

キャバレービルは、駅前のメイン通りにあります。

キャバレーなどが入居する総合レジャービルです。

2Fフィリピン、3Fロシア、4F日本...フロア毎に国が分かれています。5Fは麻雀、6Fはカラオケです。