全国 神奈川県 > 川崎市川崎区 川崎 川崎南町 川崎大師 本町1丁目 1川崎宿の模型の展示 2川崎宿 大師本町 3料亭「恵の本」 貝塚2丁目 4吉の湯 大師町 5エリザベス神輿 6子宝飴 大師駅前1丁目 7エリザベス神輿 8寿恵弘湯 日進町 9簡易宿泊所 小川町 10「新地」の標識 11名画通り 12小土呂橋親柱 砂子1丁目 13宗三寺の遊女の供養塔 14駅前のラブホテル 堀之内町 15堀の内のスナック 16立て看板 宮本町 17旅館と思われる古い建物 18小町横丁 大師駅前2丁目 19かなまら祭の行列 20かなまら祭での宮出し 21地べた祭り 22境内でのグッズ販売 23金山神社のかなまら祭 東田町 24商店脇の小路 砂子2丁目 25キャバレー跡 26ロンドンA館 南町 27怪しげのスナック店 28アサヒ屋 29川崎ロック座 30政の湯 31路地裏の料理屋街 32カフェー「金鶴」跡 33「酒亭かの子」 34カフェー「スエヒロ」跡 35小規模な飲み屋横丁 0.011046
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川崎南町カフェー街

川崎南町(簡易宿泊所)昭和28年開業。昭和35年には60軒。

旧川崎宿の西端の日新町にある簡易宿泊所(ドヤ街)。

複数の簡易宿泊所が密集しています。

昭和28年に5軒の宿泊所が開業したのが始まりです。昭和35年には60軒になりました。

テレビ付き。

川崎南町(吉の湯)コインシャワー。通路の先が銭湯の入口。

川崎南町の南側、貝塚二丁目の住宅街にある銭湯の「吉の湯」。

2つの建物(左側はコインランドリ)の間の通路の先が銭湯の入口です。

コインシャワー。

銭湯の建物は、道路の東側に面しています。

川崎南町(アサヒ屋)ピンク色のラーメン大看板。

川崎南町の西側、市電通りの近く。数店舗の飲食店が散在する通りです。

ラーメンと書かれた大看板。

ラーメン中心のメニューです。

チャーシューメンとビールを注文。

川崎南町(川崎ロック座)ヌードシアタの看板。

川崎南町の北側の通り。

ストリップの川崎ロック座が営業中です。

レトロな大看板。nudetheater(ヌードシアタ)と書かれています。

建物側面の階段。

川崎南町(小規模な飲み屋横丁)小料理。スナック。

風俗店が散在する川崎南町にある小規模な飲み屋横丁。

小料理店など複数の店舗。

現在は、ほとんどの店舗が休業中のようです。

反対側。

川崎南町(「新地」の標識)小土呂新地の名残。

かつて川崎宿の一部だった旧東海道沿いの通り(小川町通り)。この付近は、川崎遊廓があった場所です。
この付近は、小土呂新地と呼ばれ、大正11年には南町と呼ばれるようになりました。
江戸時代より飯盛女を抱えた旅籠屋は、風紀上問題が多く、明治35年、この地に移されました。

近くには「新地支」と書かれた電柱標識があります。

旧東海道から南へ入った場所にある南町公園。

ここにも「新地支」のプレートがあります。

参考文献

*1 日本地名研究所 川崎の町名 川崎市 1991
南町
新川堀と旧東海道、それにドブと呼ばれた用水に囲まれた三角形の耕地が大正初期の耕地図で確認されます。…

参考記事

※1 川崎南町(小土呂橋親柱)交差点、バス停に小土呂の名。2020-01-16

川崎南町(小土呂橋親柱)交差点、バス停に小土呂の名。

旧東海道と駅前の大通り(新川通り)が交差する場所に、小土呂(こどろ)橋親柱の史跡があります。*1

親柱。

現在、小土呂の名は、交差点の名前に残っています。

小土呂バス停。

参考文献

*1 日本地名研究所 川崎の町名 川崎市 1991
南町
新川堀と旧東海道、それにドブと呼ばれた用水に囲まれた三角形の耕地が大正初期の耕地図で確認されます。…

この記事を参照している記事

川崎南町(「新地」の標識)小土呂新地の名残。

川崎南町(名画通り)路地にまっすぐに伸びる側溝。

今回は、川崎南町(神奈川県川崎市川崎区)の町並みを散歩します。
チネチッタの東側にある商店街の名画通り。飲食店が建ち並ぶまっすぐな小路があります。

「名画通り商店会」の看板。

和風の飲食店。

まっすぐに伸びる側溝。

川崎(川崎宿の模型の展示)東海道かわさき宿交流館。

旧東海道川崎宿の通りに面したところに、「東海道かわさき宿交流館」があります。

3階と4階が展示室。

川崎宿の模型。ねずみ色の屋根は瓦屋根、茶色の屋根は茅葺き屋根を表しています。

江戸時代の雰囲気がよみがえってくるようです。

他に、幕末の安政4年(1857)に、アメリカの初代駐日総領事ハリスが宿泊した万年屋の展示などがあります。*2

参考文献

*1 東海道かわさき宿交流館 東海道かわさき宿交流館公式ホームページ
川崎宿模型 この川崎宿模型は、「東海道分間延絵図」(1806(文化3)年)を参考に制作したものです…
*2 東海道かわさき宿交流館 かわさき区の宝物シート
万年跡 リンク
■江戸時代に「奈良茶飯」が評判を呼び、宿場一の茶屋となった万年屋の跡地。多摩川を渡って川崎宿 に入っ…

川崎(川崎宿)飯盛旅籠が散在していました。

今回は、川崎(神奈川県川崎市川崎区)の町並みを散歩します。
川崎市街を東西に横断する旧東海道。江戸時代は宿場町として繁栄しましたが、現在はその面影はありません。

現在の本町一丁目付近には、川崎宿を示す掲示が多く設置されています。

遊女の墓のある宗三寺周辺には、平旅籠の他に、飯盛旅籠も多く散在していました。*1

本陣近く。この付近も飯盛旅籠がありました。*1

参考文献

*1 根本佐智子 川崎宿復元の試み 神奈川県立歴史博物館 神奈川県立博物館研究報告(44) 2017
川崎宿推定復元図 P.35 「文久三年将軍御上洛ニ付宿並図書上」のデータを表にまとめ、さらに一軒ずつを…

川崎南町

川崎

川崎大師

川崎大師(料亭「恵の本」)かなまら巻。かなまら祭コラボ。

川崎大師の門前にある料理屋の「恵の本」。
かつて、このあたりは、名物の江戸前もの地ハマグリを使った蛤鍋を扱う料亭が、江戸時代に27軒、昭和でも16軒がこの界隈に賑わっていましたが、今は創業350年の「恵の本」)だけです。

かなまら祭コラボ企画の「かなまら巻」。

かなまら巻は、太巻き1本とお稲荷さん2個のセットです。日本酒も注文しました。

太巻きの断面。

川崎大師(子宝飴)仲見世通り。かなまらキャンディ。

 松屋総本店は、川崎大師仲見世「とんとこ飴きり」でお馴染みの老舗です。軽快な飴きりの音が聞こえてきます。

かなまらキャンディ。

「松屋の飴総本舗」の子宝飴。男性器と女性器の飴が1本づつ入ったセットです。

縁起物ですので、1セット購入しました。

川崎大師(エリザベス神輿)白い布で隠され大師公園に到着。

かなまら祭の名物。エリザベス神輿。

かなまら祭のメイン行事である面掛行列(男性器の神輿が町内を練り歩く行事)は、12:00頃から始まります。

エリザベス神輿については、前々回(2104年)、地元の警察から「もう少し何とかならないのか。」との注文がつき、前回(2015年4月5日)は、白いレースで神輿を飾る工夫を凝らし、少しは隠れるようにしました。*1
しかし、今年は大きな変化がありました。女装をした人たちが神輿を担ぐ行為*2 が無くなり、台車の載せて運ぶだけになりました。
また、前回、男根を隠した白いレースは、「レースが雨に濡れてかえっていやらしく見えた」*1 ことからでしょうか、白い布に変更されています。

大師公園に到着したピンクの男根は、全体を白い布で隠されたままです。多くの人が周りを取り囲んでいましたが、2度と姿を見せることはありませんでした。

*1 園田寿,臺宏士:エロスと「わいせつ」のあいだ(朝日新聞出版,2016)P.151-P.157
【参考記事】
*2 風俗散歩(川崎大師):ピンクの男根(2007.4)

川崎大師(境内でのグッズ販売)金山神社。木製のモニュメントは廃止。

境内には、男性器や女性器をかたどったグッズが売られています。
例年は、境内の中央に男性器をかたどった木製のモニュメントが置かれ、これに馬乗りになり記念撮影をする若い女性とその様子を撮影しようとする大勢の人だかりができます。*1*2
しかし、2015年は、その場の雰囲気に悪乗りして上半身を脱ぐ女性やふんどし姿の大学生が現れるなどのトラブルがあり、このため、2016年は、このモニュメントは設置しないことになりました。*3

「かなまら祭Tシャツ」を販売する女性販売員。

「まらキャンドル」。

ポスターもあります。

【参考文献】
*3 園田寿,臺宏士:エロスと「わいせつ」のあいだ(朝日新聞出版,2016)P.151-P.157

川崎大師(かなまら祭の行列)金山神社を1周。

今回は、川崎大師( 神奈川県川崎市川崎区)の町並みと風俗を散歩します。4月の第一日曜日は、「かなまら祭」の日です。多くの人で賑わっています。

訪れる人が多いため、入場規制が行われています。

入場を待つ行列は、隣の宮川医院を回り込み、さらに続いています。

列の最後尾は、金山神社を1周回ったところまで伸びています。

川崎(ロンドンA館)いさご通り。入口に電飾。

旧東海道「いさご通り」。町名もこの付近は砂子(いさご)二丁目です。

1階に「ロンドンA館」が入るビル。

入口の電飾。

募集看板。

川崎(キャバレー跡)帽子のマークの大看板。

川崎市内の繁華街を歩いていると、「ナイトイン右折」の看板を発見。

老舗のキャバレーの建物です。

帽子のマークの大看板。迫力があります。

2つ並んだゴミ箱。

川崎(商店脇の小路)料理店のプレート。飲み屋街。

川崎駅前の繁華街に、1軒だけ取り残されるように建っている商店。2階部分に、紙石鹸のレトロな看板が2つ並んでいます。

商店脇の路地は、昔のままの雰囲気が残された飲み屋街になっています。

もう一本北側の路地にも同じような飲み屋街。写真奥は、第一京浜です。

「料理店」のプレート。

川崎(堀の内のスナック)ソープランドご用達。

堀の内のソープランド街の入口付近。

こじんまりとしたスナックがあります。

入口の看板。35年間、ソープランド御用達(ごようたし)です。

ラーメンを注文。海苔とワカメがトッピングされたあっさりとした醤油味です。

川崎(宗三寺の遊女の供養塔)川崎貸座敷組合。

川崎遊廓は、元東海道五十三次中の川崎宿の宿場女郎であったものが、明治37年に現在の指定地へ移転したものです。*1
宗三寺の墓地の西側の角に、遊女の供養等があります。

供養等には、「川崎貸座敷組合」と刻まれています。

高塚、藤屋、三浦屋、金波楼、太田屋、三好楼、三日月楼、など、「全国遊廓案内」*1 に記載されている楼名が確認できます。

川崎今昔会が建てた供養の碑(裏側)。

【参考文献】
*1 南博:近代庶民生活誌 第14巻(三一書房,1993)P.34「全国遊廓案内」

川崎(駅前のラブホテル)宗三寺の墓地に隣接。

今回は、川崎(神奈川県川崎市)の町並みと風俗を散歩します。
京急川崎駅の下り線ホームから宗三寺の墓地と墓地に隣接するラブホテルと質屋が見えます。

墓地の反対側(北側)には、別のホテルが隣接しています。
「同伴旅館(ラブホテル)をどんなとこに建てたらよくはやるか、昔からジンクスがあって、墓地か病院のそばか、さもなくば質屋の真向かいだったら繁盛間違いなし。」*1 と言われているそうですが、川崎駅前もこの法則が当てはまりそうです。

ひっそりとしたラブホテルの入口付近(写真左側)。墓地(写真右側)が隣接しています。

未成年者、売春婦の利用お断り。

【参考文献】
*1 朝倉喬司:ヤクザ・風俗・都市(現代書館,2003)P.62

川崎大師(寿恵弘湯)川崎大師駅近くのビル型銭湯。

川崎大師駅近くの食品スーパーのある通り。

銭湯の寿恵弘湯があります。

開店前の入口のシャターには、こんな絵が描かれていました。

魚と蛸が描かれたガラス絵。

川崎大師(地べた祭り)主役はエリザベス会館の人たち。

エリザベス会館の人たちは、かなまら祭りでは人気者です。撮影をせがまれ、それに応じています。

女装している人たちは、何の違和感もなく、かなまら祭に溶け込んでいます。

神輿が戻ってくると、地べた祭りが始まります。エリザベス会館の人たちが中心となって、地べたに座って酒盛りをするという企画です。

地べた祭は、この光景は奇妙なタイムスリップのような感覚を覚えます。かなまら祭の起源は、川崎の娼婦たちが神社の男根を持ち出し、境内で宴会を開いたのがはじまりとされます。祭りの主役が娼婦から女装愛好家に代わり、今、ここで繰り返されているわけです。*1

【参考文献】
*1 杉岡幸徳:日本トンデモ祭(美術出版社,2005)P.28-P.29

川崎大師(かなまら祭での宮出し)紀伊國屋神輿。エリザベス神輿。かなまら神輿。

今回は、川崎大師の町並みと風俗を散歩します。
毎年、4月の第1週の日曜日にかなまら祭が行なわれます。

まずは、紀伊國屋神輿。かなり大型です。

続いてエリザベス神輿。こちらはずいぶんと小振りです。担ぎ手はエリザベス会館*1 の皆さんたちです。

最後にかなまら神輿。神輿を左右に大きく揺さぶるパフォーマンスは見ごたえがあります。

川崎大師(エリザベス神輿)ピンクの男根。

いよいよ祭りのメインイベントである神輿の渡御(とぎょ)の時間が来ました。まず、黒光りする男根神輿の「舟神輿」です。
「舟神輿」は、江戸時代、みかんの商いで巨万の富を得た紀伊国屋文左衛門に因み、日立造船(株)神奈川工場の有志により奉納されました。*1

圧巻は、このエリザベス神輿。浅草橋にある女装クラブ「エリザベス会館」が寄贈した神輿で、神輿の担ぎ手は、エリザベス会館の会員である女装した男性です。*2

3つの神輿(舟神輿、かなまら神輿、エリザベス神輿)が町をねり歩きます。

「でっかいまら、かなまら!でっかいまら、かなまら!」と女装した男性たちの掛け声と共に、神輿は進みます。
担がれている神輿は、上下に揺れるので、ピンクの男根が空に向かってピストン運動しているように見えます。

【参考文献】
*1 金山神社:かなまら祭配布資料(2007)
*2 杉岡幸徳:日本トンデモ祭(美術出版社,2005)P.28-P.29

川崎大師(金山神社のかなまら祭)満開の桜が出迎えてくれました。

今回は、川崎大師(神奈川県川崎市)の町並みと風俗を散歩します。
京急川崎大師駅から徒歩3分のところに、金山神社があります。

毎年4月の第一日曜日は、「かなまら祭」が開催される日です。今年は、満開の桜が出迎えくれました。

祭りにかかせないのが神輿ですが、ここの神輿は奇妙な形をしています。

「かなまら祭」は、川崎宿の飯盛女たちが、商売繁昌と梅毒除けを願って、金山神社の御神体である男根を持ち出して、神社で花見をしながら宴会を開いたのがはじまりとされています。日本ではあまり知られていない祭りですが、海外では、「京都祇園祭」や「ねぶた祭」よりもはるかに有名な祭りです。*1

【参考文献】
*1 杉岡幸徳:日本トンデモ祭(美術出版社,2005)P.27-P.29

川崎南町(政の湯)四角い煙突。政の湯通り。

川崎南町にある銭湯「政の湯」。平凡なビル型銭湯ですが、ソープランド街の中にあるという点は非常に珍しいと思います。隣の隣にソープランド「京都クリスタル」があります。

四角い煙突。

このあたりは、政の湯通りと呼ばれています。銭湯の名前が通りの名前になっています。

脱衣場にタイル貼りの大きな円柱があります。

川崎南町(カフェー「金鶴」跡)彫りぬかれた屋号。

料亭だったと思われる家。

お茶漬け屋のある緑色の壁。

緑色の壁は路地の奥まで続いています。

赤線跡を歩く*1 に掲載されていた彫りぬかれた屋号の家紋。家紋の部分は消失しています。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く(自由国民社,1998)P.61

川崎南町(路地裏の料理屋街)未舗装の砂利道。

川崎南町には組事務所が集中するあたり。裏手の路地を入ると、まるで時間がとまってしまったかのような空間があります。

反対方向から。

小料理「あわじ」。

長屋風の飲み屋。

川崎南町(怪しげのスナック店)かつてのカフェー街。

当時そのままの料理屋やスナックが残っています。

交差点の角に、入口が大きく開いているスナックがあります。入口部分がレンガで作られており、古さを感じます。

こちらも交差点の角にあるスナック。

右側から見たところ。窓に女性募集の貼り紙がありました。

川崎南町(「酒亭かの子」)菱型の窓を持つ旅館風の建物。

住宅街の中の一画。

赤線跡を歩く*1 に掲載されている「酒亭かの子」の建物。

同じ通り沿いにある旅館風の建物。

菱型の窓。


【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く(自由国民社,1998)P.61

川崎南町(カフェー「スエヒロ」跡)正面に4本の円柱。

赤線跡の特徴を残す建物があります。正面の概観は、4本の円柱と洋瓦で装飾されています。

これほど大規模に残っているのは貴重存在だと思います。

横から見たところ。

1階の入口のところに、屋号の「スエヒロ」の文字が残っています。

川崎(小町横丁)小さな横丁です。奥は行き止まりです。

旧東海道を葬祭場のところから右に曲がると、スナックが並ぶ一角があります。

料理屋の隣に小さな横丁の入口があります。

小町横丁という名前です。おとなのおもちゃの看板があるのがユニークです。

奥は行き止まりです。

川崎(立て看板)路上の客引きに注意。四つ角のすべてに設置。

堀の内のソープランド街には立て看板が多数あります。稲毛通り沿いのソープランド街入口付近。

国道15号沿いの道路の歩道にも立て同じ立て看板があります。「暴力団追放!路上の客引きに注意」と書かれています。

ソープランド街の中心部の交差点。四つ角のすべてにこの看板。が設置されています。

ソープランド街のあちこちに「客引き禁止」の看板があります。

川崎(旅館と思われる古い建物)古い黒板塀。

今回は、川崎(神奈川県川崎市)の町並みと風俗を散歩します。
堀の内のソープランド街に近い宮本町。

旅館と思われる古い建物があります。

古い黒板塀。

1階は居酒屋です。