根岸柳通りにある商業ビル。1階が店舗で2階が居住部分です。中央には、「婦人倶楽部」の看板のある商店。「婦人倶楽部」戦前・戦後を通じて発刊された婦人雑誌です。

女のよろこび・・・・・妻のしあわせ

建物の紋章。スッポンのように見えます。

建物の裏側、表側は、複数の店舗が一体感のある商業ビルに見えますが、裏側の構造は複雑です。

根岸柳通りにある商業ビル。1階が店舗で2階が居住部分です。中央には、「婦人倶楽部」の看板のある商店。「婦人倶楽部」戦前・戦後を通じて発刊された婦人雑誌です。

女のよろこび・・・・・妻のしあわせ

建物の紋章。スッポンのように見えます。

建物の裏側、表側は、複数の店舗が一体感のある商業ビルに見えますが、裏側の構造は複雑です。

正岡子規文学碑(お行の松)がある場所にある不動尊。

寄進者の名が刻まれた玉垣。

根岸三業会の名が残っています。

料亭らしき屋号。

今回は、根岸(東京都台東区)の町並みを散歩します。
台東区根岸の根岸柳通り周辺には、かつて花街がありました。

往時の面影を残す「浜本」という料亭だったお宅。*1

根岸の花街は、通人の隠れ家遊び場所として流行った花街で、客筋は根岸、金杉、坂本など近隣の旦那衆が多く、人力車で遊びに来る者もいました。*1

2階部分に花街だった頃の風情が残っています。

言問い通りから北へ入ったところに建つ洋館の建物。旧陸奥宗光邸です。陸奥宗光は、明治時代に活躍した外交官です。

陸奥宗光は、坂本龍馬、伊藤俊輔(伊藤博文)などと交友を持つ頃から、花柳界にも名を震わし、大阪の判事にとばった頃、堀江の唄女を正妻としました。神奈川県知事となった頃、正妻が死没し、亮子夫人が後妻となりました。亮子は、元新橋の名妓「小兼」で、板垣退助に愛された「小清」と並んで新橋の双美人と称されていました。*1

この屋敷は、陸奥宗光が1884年から1886年のロンドン留学中、「鹿鳴館の華」と称された妻の亮子夫人とその子供たちが暮らしました。(案内板より)

陸奥宗光と亮子夫人。(案内板より)

鶯谷の居酒屋「鍵屋」は、江戸時代創業の居酒屋です。明治時代の建物は、江戸東京建物園に移築保存されています。※1

黒板塀に鍵屋の徳利。

熱燗を頂きました。

鍵屋の暖簾。

鶯谷の元三島神社。

ラブホテル街の中にあります。

神社の玉垣に鶯谷旅館組合の名前があります。

大塚角萬。テレビCM「おおつかあ かどまーん。」を思い出します。

鶯谷のラブホテル街の中にある無料案内所。12年前(2006年)のとき※1 と変わらず盛況です。

ビルの1階に2軒が建ち並んでいます。左側の店舗は、セルフ案内所。

駅近くの食堂「信濃路」近くにある無料案内所

無料案内所の看板。

今回は、鶯谷(東京都台東区)の町並みを散歩します。
JR鶯谷駅は、吉原ソープランド街への最寄り出来です。南口の駅前ロータリのタクシー乗り場は、吉原からの送迎者が発着する場所でもあります。

北口の駅前。こちらも待ち合わせ場所としてよく利用されます。

富士銀行前の交差点も送迎者の発着場所として利用されているようです。

張り紙。

三沢市中央町の歓楽街近くにある第一食堂

1軒屋の大衆食堂です。

なべやきうどん、ラーメン、丼もの、カレーが中心です。

なべ焼きうどんとビールを注文。

三沢の歓楽街の中で、ひときわ目をひく建物の「道頓堀」

道頓堀。

2階部分にもスナックが入居しています。

某スクリームチェーンと同名のスナック店。
