神栖(看板林立していたY字路)看板の支柱だけが残っています。焼肉屋の角。

神栖町のメインストリートである国道124号線の西側、潮来有料道路と国道が分岐するY字路となっているあたり(焼肉屋の角)。数年前までは、サウナの看板が林立していましたが、*1 今は閑散としています。

看板の支柱だけが残っています。

支柱に貼られたデリバリーヘルスの張り紙

木崎付近の国道沿いにあった看板。入浴料2000円と書かれています。

*1 木村聡:消えた赤線放浪記 その色町の今は.....(ミリオン出版,2005)P.127

参考文献

参考記事

神栖(木崎のサウナ跡)塗りつぶされた看板。

今回は、神栖(茨城県神栖市)の町並みを散歩します。
国道124号線沿いの木崎のバス停のあるあたり。町の中心部です。

牛丼屋の脇の道を入ると、営業していないサウナ(ソープランド)があります。ピンクの看板は塗りつぶされています。

ピーチガールという店名が塗りつぶされたブルーの看板。

店の入口付近。

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熊谷(クラブ「ビッグサルーン」)昭和レトロな外観。入口にショーガール。

熊谷駅の西側。JRの線路と市役所通りが交差する地下道の南側の出口付近にある大衆クラブ「ビッグサルーン」。

昭和レトロな外観です。

入口には、ショーガール。

「6つのエリアとゆとりの空間」と説明されています。

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熊谷(伊勢町)旅館だったと思われる建物。

かつては、大通りの左右には旅館が立ち並んでいたと思われますが、今は、わずかに古い家並みが残るのみです。

旅館だったと思われるどっしりとした建物が残っています。

古い建物の雰囲気が伝わってきます。

旅館の脇の路地。

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熊谷(伊勢町)かつての旅館街

今回は、熊谷(埼玉県)の町並みと風俗を散歩します。駅の西側の伊勢町には、かつて遊廓がありました。場所は、秩父鉄道の上熊谷駅よりもさらに西側の新幹線の高架下(南側)です。

「赤線跡を歩く」に写真が載っていた*1 「旅館あき山」は、今は無く、住宅が建っていました。

「旅館あき山」は新幹線の高架下に移動していました。

現在は、休業中のようです。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く(筑摩書房,2002)P.152-P.157

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松戸(平潟神社)妓楼の主が狛犬を寄進しています。

平潟遊廓の形跡を残すものに、平潟神社があります。

九十九楼(後の三井家)の名前が刻まれています。

鶴宝菜の楼主、山田文蔵が狛犬を奉納しています。山田文蔵は、立石の農家の出身で、下肥を船で運んで来て、平潟遊廓で遊びを覚えて儲かることを知り、娼婦のおつるを囲い鶴宝菜の名で店を持ちました。*1

もう一つの狛犬は、逢菜家の鈴木亀右衛門が奉納していますが、鈴木亀右衛門は、娼妓が首を吊って死んだので、それを機に廃業しました。*1

【参考文献】
*1 渡邉幸三郎:昭和の松戸誌(崙書房出版,2005)P.39

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松戸(来迎寺)九十九楼が大正13年に建てた遊女の墓。

平潟遊廓跡のすぐ近くに来迎寺があります。

覚月清澄信女という戒名の墓があります。

九十九楼(後の三井家)が建てた、大正13年に亡くなった娼妓の墓です。

墓の側面には、娼妓一同、見世二階一同、と書かれています。*1

【参考文献】
*1 渡邉幸三郎:昭和の松戸誌(崙書房出版,2005)P.42

松戸(坂川排水碑)平潟遊廓跡の裏手を流れる樋古根川。

平潟遊廓の裏手には、排水川(現樋古根川)が流れていました。昔は、この排水川が江戸川の本流だったそうです。当時は、川沿いに平潟遊廓の建物を眺めることができたのだと思います。

樋野口排水機場。

江戸川との合流点に「坂川排水碑」建っています。

ここに設置された排水機によって、水害が解消され、人々は安心して暮らせるようになりました。

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松戸(平潟遊廓跡地)面影は、ほとんど残っていません。

松戸駅西口から旧水戸街道を横切って江戸川方面へ行ったところに、かつて平潟遊廓がありました。江戸川の土手からすぐのところに、日大歯学部の校舎がありますが、このあたりに、平潟遊廓の西側大門がありました。*1
平潟遊廓が出来上がったのは、明治半ばの頃で、関東大震災以降さかんになり、戦争の激化とともに消えました。*2

かつての柳並木のうち一本だけ残された柳の木。この柳の木の向かいに妓楼の「三井家」がありましたが、19994年に取り壊されて、跡地には、マンションの「スチューデントプラザ松戸」が立てられました (写真の左端)。「三井家」は、内藤新宿の資産家内藤新太郎が開いた店で、初め、「九十九楼」と称していました。*2

唯一、当時の妓楼の建物が転用され残されていた柳仙育英センター(司法試験のための学生寮)の7号館の建物(旧豊川楼)*1 も今は無くなって空き地になっています。

お稲荷さんだけが残る元妓楼の敷地。

【参考文献】
*1 木村聡:赤線跡を歩く(筑摩書房,2002)P.100-P.103
*2 渡邉幸三郎:昭和の松戸誌(崙書房出版,2005)P.33

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松戸(制服専門店)「トンボ学生服」の看板。

松戸駅近くの旧水戸街道沿い。特に春雨橋周辺は、古い商家が立ち並び、宿場町の風情を感じる通りです。その中で、「トンボ学生服」の看板を見つけました。

中学・高校の制服専門店です。

ブラウスの制服と水着。

セーラー服もあります。

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