本八幡駅南口から徒歩約10分。南八幡1丁目の住宅街。

銭湯の柳湯があります。

コインランドリーが併設されています。

裏へ回ると高い煙突を望むことができます。

本八幡駅南口から徒歩約10分。南八幡1丁目の住宅街。

銭湯の柳湯があります。

コインランドリーが併設されています。

裏へ回ると高い煙突を望むことができます。

菅野1丁目にある白幡天神社は、荷風の自宅※1 からも近い場所にあり、荷風の散歩道でした。

ここに、荷風の文学碑が建立されています。*1

「露店にて雛卵を買い白幡天神祠畔の休茶屋にて牛乳を飲む、帰途緑蔭の垣根道を歩みつつユーゴ―の詩集をよむ、」*2

荷風は、ラジオや三味線などの騒音から逃れ、ここで小鳥の声を聞きながら読書をしました。*2

散歩道であった白幡天神社境内には、断腸亭日乗に書かれている一文「露店にて雛…
P.79
昭和21年5月11日。(中略)露店にて雛卵を買い白幡天神祠畔の休茶…
永井荷風の市川での生活は、昭和21年1月16日、菅野258番地(現菅野三丁目17番地)に、従兄の杵屋五叟(大島一雄)一家とともに暮らことから始まりましたが、長唄の三味線方の五叟と著述業の荷風は、あまりに違いすぎ、昭和23年には、荷風は、菅野1124番地(現東菅野2丁目9番11号)に古家を買い、独居生活を始めました。

東菅野2丁目9番の通り。

荷風旧居があったあたり。

荷風の旧居の周辺は、大学や私立高校が多く、文京の町です。
写真奥は昭和学院。
長谷章久(1918~1985)は、荷風の寓居から指呼の間にある昭和学院短大に非常勤で勤めていたため、彼の人間嫌いを承知の上で、荷風の門を叩き、“吉原の話を伺いたくて” と告げると、家に招き入れてくれたと語られています。*2*3

P.8
荷風の市川での生活は、昭和21年1月16日、菅野258番地(現菅野三丁目17…
長谷章久(1918~1985)
P.243
ある日、荷風寓居の門を叩いた。いきなり、「文学の話を御免だよ」と…
サイゼリヤ1号店教育記念館※1 の対面にある大衆食堂の「四季よし」。

ちゃんぽんなど、ながさきの味をコンセプトにした店です。

「本日のおかず」のメンチとビールを注文。

続いて、ちゃんぽんを注文。

今回は、本八幡(千葉県市川市)の町並みを散歩します。
JR本八幡駅の北口の商店街「八幡一番街」は、飲食店が建ち並ぶ活気のある商店街です。

スナック「フレンド」が入るビルの2階は、以前入居していたと思われるパブクラブの屋号がそのまま残されています。

同じビルの東側には、「サイゼリヤ1号店教育記念館」。

多くの歴史を物語る建物と言えそうです。

京成本線中山駅近くの住宅地に、フェンスでふさがれた空間があります。

通路のような部分は暗渠(川跡)です(地理院地図に記載があります)。暗渠は、線路につきあたり、右側へ続いています(写真奥)。

京成本線の線路の反対側(南側)には、フェンスで囲まれた空間(暗渠)が今も残されています。

暗渠は、船橋市西部公民館の自転車置き場へと続いています。

下総中山駅から南側(京葉道路に沿ったあたり)は、住宅街の中に、郊外型の店舗や物流倉庫が点在する地域です。
東西線の原木中山駅近くに、中華料理「菜花」がポツンと1軒だけ営業しています。

年季の入った佇まい。

店内に貼られたメニュー。炒飯とラーメンが主力メニューのようです。

五目炒飯とビルーを注文。

中山法華経寺黒門前にある「たちばな寿司」。

1961の住宅地図にも記載されている寿し屋さんです。

店内。

ちらし寿しとビールを注文。小鉢がたくさんついてくるは嬉しいです。

中山三業組合に所属する置屋としては、吉田家 豊の家、鈴木、東家、一藤、米本、清井筒、梅の家、梅本、桝角家、新静本、福筒井、ことぶき、福田家、君の家、新ことぶき、新玉屋、があり、料理旅館としては、妙泉閣、中山荘、上角庄、三桝家、森田家、金福、壽美屋、がありました。*1

料理旅館の「妙泉閣」は、このあたりにありました。*2

中山競馬場方面へ向かう道の途中。背後は丘になっていて、このあたりは崖下の地形になっています。

さらに北へ向かった崖下には、料理旅館の「中山荘」がありました。*3

京成本線中山駅の近く。車窓からも見える場所に、看板建築の建物が残っています。

1961年の住宅地図*1 に、「理容オリンピック」と記載されている理容室の建物です。

中央に、「オリンピック」を象徴する五輪のマーク。その両脇に、サインポールまでが石材風にデザインされています。

オリンピック・シンボル(五輪マーク)のカラー版は、左から順に青、黄、黒、緑、赤とし、上段に青、 黒、 赤の輪を、下段には黄、 緑の輪を配置することになっています。*2
が、このマークは、色の順がバラバラのうえ、上段に2つの輪、下段に3つの輪が配置されていて上下が逆になっています。
知的財産の問題を回避するために、五輪マークではないマークにしたのかもしれません。
