-全国 東京都 > 台東区 浅草 1仲見世 2浅草観音温泉 3浅草観音温泉 4ひさご通りの看板 5サンバカーニバル 6神谷バー 7猿若町 8凌雲閣 9初音小路 10浅草世界館 11旅館 12通称うんこビル 13旧紙漉町 14大人のオモチャ屋 15外国人用ゲストハウス 16ロック座 17ビジネスホテル 18曙湯 19浅草地下街 20ひさご通りのかつら屋さん 21焼肉店の路地 22古物商店 23西浅草のラブホテル街 24ホテル「幸和」 25フランス座 26花やしき 27浅草寺の公衆トイレ 28蛇骨湯 29アリゾナキッチン 30ラブホテル 31どぜう「飯田屋」 32「浅草ニュートルコ」跡地 33一富士旅館 34かつての私娼街 35猿之助横町の路地 36芸妓屋街 37猿之助横町のスナック街 38食堂「筑波」 39韓国エステビル 40三定 41正直ビアホール跡 42浅草三業会館 43料理店「一直」 44料亭都鳥 45尾張屋本店
すべてのジャンル > 歴史・社会・都市 > 建築 タワー建築

浅草(凌雲閣)別名「浅草十二階」。銅版の碑。

浅草の六区ブロードウエイ商店街。

現在のウィンズ浅草のあるあたりから西側は、昭和の初期までは、浅草公園があった場所で、ひょうたん池と呼ばれる大きな池があり、ブロードウエイ商店街のつきあたり(現在、パチンコ店がある場所)には、明治・大正時代、凌雲閣(りょううんかく)がありました。

最近になって、パチンコ店の前に凌雲閣の銅版の碑が設置されました。

東京タワー、東京スカイツリーと並んで、東京三大ツリーと呼ばれているそうです。

凌雲閣、またの名を(十二階建てだったので)「浅草十二階」は、高さ52mの高塔で、東京タワー(333m)のわずか6分の1以下の高さですが、明治一の高塔で、東京のランドマークでした。現在のタワーから比較すれば、低い塔である凌雲閣からの眺めは近景を見たときに人の形がはっきり分かる程度で、つまり、その展望台は、「人をみるという感覚」「人に見られるという感覚」を感じることのできる「適切な低さ」を持っていました。石川啄木の明治41年8月21日の日記には、浅草十二階から望遠鏡で下を見下ろしたとき、細い小路で男が淫売婦に捉るところが見える」という話が書かれています。1
「路上に客を擁して無理無体に屋内に拉し去る。歩一歩、”チョイト” ”様子の良い方” ”チョイト、チョイト、学生さん” ”寄ってらっしゃいな”」
当時、東京の私娼窟の中心は、浅草十二階下界隈でした。私娼4,000人(吉原の登録娼妓数2,409名の約1.7倍)、銘酒屋、新聞縦覧所(取締の目を逃れるため密淫売業者が編み出した業態カムフラージュの一つ)、小料理店の名目で、私娼を抱える店は700店に及んでいました。
2
【参考文献】
*1 細馬宏通:浅草十二階(青土社,2001)P.8-P.11,P.236
*2 竹村民郎:廃娼運動(中央公論社,1982)P.63

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です