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常陸太田(「釜萬」跡地)かつての歓楽街。東通り商店街。

今回は、常陸太田(茨城県常陸太田市)の町並みを散歩します。
常陸太田市中心部は、台地(高低差は30m以上)の上に位置し、台地の姿が鯨の形に似ていることから、台地は「鯨ケ岡」と呼ばれおり、台地上に位置する商店街は、古くからの中心商店街です。*1

「鯨ヶ丘ふれあい広場」の先にある東三町の商店街は、現在は「東通り商店街」と呼ばれています。
東三町は西三町とともに歓楽街を形成していました。*1

大正末期から昭和初期にかけての太田町は、商業隆盛と相まって花街も繁盛しました。大正11年元日のいばらき新聞の広告欄の「大田町割烹店組合」には、「釜萬楼」「万泉」「万梅」「二ツ木」「一寸亭」「若富十」「若柳」「朝日座」の名が紹介されていています。*2
元「釜萬楼」と思われる「釜萬」は東三町の板谷坂(ばんやさか)との交差点の角にありました*3

「釜萬」の隣には、「一寸亭」と芸妓置屋の「大黒屋」がありました。*4

参考文献

*1
筑波大学地球科学系人文地理学研究グループ地域調査報告筑波大学地球科学系人文地理学研究グループ リンク
川瀬正樹常陸太田市における商業地域構造の変容 リンク

P.3
常陸太田市中心部は、久慈川の沖積低地に阿武隈山地の南端部から細長く…

*2
常陸太田市史編さん委員会常陸太田市史 通史編 下常陸太田市1983.3
世相と娯楽

P.530
大正14年(1925)から昭和10年(1935)頃までの太田町ついて次のよう…

*3
日本住宅地図出版常陸太田市 1980ゼンリンの住宅地図日本住宅地図出版1980.4
東一町、東二町、東三町

交差点の角に「釜萬」、少し入ったところに「割烹旅館若柳」

P.88
東三丁目表通りの家並

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