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倉賀野(倉賀野河岸)江戸時代初期より利根川の最上流河岸として繁栄。

今回は、倉賀野(群馬県高崎市)の町並みを散歩します。
JR倉賀野駅から南へ10分ほど歩くと共栄橋に行きつきます。その共栄橋の近くの河川敷に「倉賀野河岸跡」の碑があります。

倉賀野河岸の由来が書かれた碑には、「当河岸は江戸時代初期より利根川の最上流河岸として上野、信濃、越後の広大な後背地を控え江戸との中継地として繁栄を極めたり。…..」と書かれています。
倉賀野河岸は、天明3年(1783年)の浅間山噴火により川が浅くなり舟運が衰え、明治17年の高崎線の開通により、終止符を打ちました(案内板より)。

井戸八幡と八幡宮の境内の崖下(「倉賀野河岸跡」の碑の西側)から共栄橋にかけての川岸が倉賀野河岸でした。*1

近くにあった案内板には、「当時は旅籠屋71軒、茶屋9軒、商家34軒、造り酒屋2軒があり、倉賀野宿の賑やかさは大変なものであった。」と書かれています。

参考文献

*1
高崎観光協会高崎の散歩道 第2集高崎観光協会1975
倉賀野河岸

P.68
井戸八幡と八幡宮の境内の崖下から共栄橋にかけての川岸が倉賀野河岸で…

参考記事

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