甲府(玄法院の手水石)新柳町が寄進。甲府遊廓の隆盛時代。

天神町にある玄法院。

入口を入ったところに、手水石が置かれています。

水盤の裏側に「新柳町 発起人」と書かれています。新柳町には、かつて遊廓がありました。新柳町遊廓があった場所は、ここから徒歩3分ぐらいの場所です。
明治3年(1870年)甲府役所からの命令で、旧来の柳町にあった旅籠屋が移り「新柳町遊廓」ができました。*1*2

明治9年、貸座敷制度ができると、遊廓の各業者は庭園などに趣向をこらし、知識人の社交の場としても利用されるようになり、甲府遊廓の隆盛時代となりました。その後、明治40年の大火をきっかけに穴切に移転しました。*1
手水石は、明治14年に奉納されたものです。新柳町の隆盛を感じるものと言えそうです。

参考文献

*1
山梨県立図書館甲州文庫史料 第1巻社会風俗編山梨県立図書館1973
甲府遊廓史料

P.283
甲府において遊廓としての性格がはっきりと現れてくるのは、明治3年11…

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甲府(芸妓寄進の台座)新柳町は、遊廓と芸者屋が混在していました。

甲府(新天街2)北側の半分は空き地になっています。

今回は、甲府(山梨県甲府市)の町並みを散歩します。
甲府駅の北側の朝日5丁目にある飲食横丁の「新天街」※1。

以前※1 と比べ、看板の数が減っています。

客引き・暴力禁止看板。

北側の半分は空き地になっています。

東村山(氷室)久米川駅北側。都道226号線沿い。

久米川駅北側の都道226号線沿い。

最近、見かけなくなった「氷室」の看板。

氷屋の看板は「氷屋」「氷ヤ」「氷室」などあるようですが、この商店の場合は、「氷室」です。

ブロック塀に残る「氷」の看板。

東村山(巴屋本店)天保元年に創業。地元で人気の蕎麦屋さん。

久米川駅南口の交差点の角にあるそば処「巴屋本店」。

常に賑わっている蕎麦屋さんです。

そば処「巴屋」は天保元年(1830年)に麹町で創業。その後、戦争により疎開して 久米川に移転し、久米川では70年以上営業している老舗です。*1

「天ざる」とビールを注文。

参考文献

*1
巴屋本店

当店は天保元年(1830年)に麹町で創業。その後、戦争により疎開して 久米川に…

参考記事

東村山(東晃ビル)パブ、スナックのレトロ看板。

西武新宿線久米川駅は東村山駅の一つ隣の駅です。
駅前にレトロなビルが建っています。

1階には飲食店、パブやスナック。

レトロな看板。

建物の裏側。

参考文献

参考記事

東村山(餅萬)だいじょうぶだ饅頭。創業1876年の老舗。

東村山駅前にある和菓子の「餅萬(もちまん)」は創業1876年の老舗です。
東村山の誇る志村けんさんのギャグ「だいじょぶだァー、だっふんだァー」に因んだユニークな銘菓が販売されています。*1

店内でお茶をいただくこともできます。
「だいじょぶだァー最中」と「だいじょぶだァーどら焼き」を購入。

「だいじょぶだァーどら焼き」は小倉餡。うぐいす餡の「だっふんだァーどら焼き」もあります。

店内には、志村さんの書籍などが展示されています。

参考文献

*1
餅萬

創業1876年。

東村山名物

東村山の誇る志村けんさんのギャグ「だいじょぶだァー、だっふんだァー」に因ん…

参考記事

東村山(糞尿タンク跡地)俗に黄金列車と呼ばれました。

太平洋戦争末期、東京都は、糞尿民の処理が行き詰まり、西武鉄道村山線は、昭和19年(1944)から10年間、夜間に糞尿輸送を行っていました。この糞尿専用列車は、俗に黄金列車と呼ばれました。*1

糞尿は始発駅のタンクに蓄えられ、これを糞尿列車が輸送し、終着駅(東村山)で列車のバルブを開けるとモノがタンクに落ちる仕掛けです。*2

東村山の糞尿タンクは、駅北方の現在の西武鉄道社員寮付近に設けられ、東村山の農家はリアカーやオート三輪で糞尿を汲みに来ました。*1

付近は、高架化の工事中です。

参考文献

*1
東村山ふるさと歴史館東村山駅西口のあゆみと北西部:市制施行40周年記念特別展図録東村山ふるさと歴史館2004.7
戦中・戦後の東村山駅西口

旭館の周辺(昭和5年ごろ)
演芸場「旭館」は、昭和3年に開館した。

<…
黄金列車

P.24
黄金列車
西武鉄道村山線は糞尿輸送を夜間に行っていた。昭和時代、…

*2
堤康次郎苦闘三十年三康文化研究所1962
黄金は花ざかり

P.46
その頃農村は食糧増産に懸命な努力を続けながら肥料不足に困っていた。…

参考記事

浦賀(岩城屋)日本酒、焼酎のボトルがずらりと並べられています。

京急浦賀駅から南へ徒歩1分のところにある岩城屋。

店内には、日本酒、焼酎のボトルがずらりと並べられています。

魚を中心としたメニューが豊富です。

刺身定食と日本酒を注文。

参考文献

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浦賀(浦賀の渡し船)市道2073号線。3分間の船旅。

浦賀は入江をはさんで、東西に町が形成されていて、この東西を結ぶ渡船(市道2073号線)があります。*1

お客さんが一人でもいれば、反対岸にいても迎えにきてくれます。

わずか3分たらずの船旅ですが、浦賀港の名物です。

交通機関としての渡船の歴史は古く、江戸時代も中期ころには始まっていたそうです。*1

参考文献

*1
港町から 第2号 (特集:浦賀・横須賀)港町のタウン・マガジン街から舎2009.4
山本詔一浦賀の渡船

P.66
浦賀は入江をはさんで、東西に町が形成されている。この東西を結ぶ市道…

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浦賀(安房口神社)もともと安産信仰の対象となっていた性神。

今回は、浦賀(神奈川県横須賀市)の町並みを散歩します。
浦賀駅から東へ住宅の中の坂道を2km近く登っていくと、そこだけ森が残されている明神山に行き着きます。

鳥居をくぐると正面に鉄格子で囲まれたご神体が鎮座しています。

鉄格子の中にあるのは、長さ2mほどの長方体の大石です。安房口神社は性神で、もともと安産信仰の対象となっていたのは、この神石だけではなく、明治の末までは二つの陽石が現神石の前に祀られていました。*1

現在ある神石は陰石であり、穴のある形状は明らかにそれを示しています。*1

参考文献

*1
港町から 第2号 (特集:浦賀・横須賀)港町のタウン・マガジン街から舎2009.4
性神にして航海神・・安房口神社・御神石の不思議菅谷正明

P.39
安房口神社は性神である。もともと安産信仰の対象となっていたのは、こ…

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