甲府(黒駒楼)江戸時代の創業の老舗。ランチ丼。

若松町の濁川添い※1 を進むと交差点の角に、黒駒楼があります。

店内。

黒駒楼の創業は江戸時代の後期で、現存する鰻屋の中では甲府最古です。黒駒楼は空襲で焼失してしまいましたが、昭和35年に再建した店の2階大広間には見事な松を描いた舞台があり、宴会に若松町の芸者さんを呼んで賑わった往時を、今もしのぶことができます。*1

ランチ丼とビールを注文。

参考文献

*1
こうふ開府500年記念誌編集委員会甲府歴史ものがたりこうふ開府500年記念誌甲府市2019.4
老舗の鰻屋さん

甲府最後の鰻屋
土橋南側の黒駒屋佐兵衛は明治時代に黒駒楼と改称し、現在も…

参考記事

※1甲府(若松座跡)関東八座の一つといわれた劇場。

甲府(若松座跡)関東八座の一つといわれた劇場。

今回は、甲府(山梨県甲府市)の町並みを散歩します。
甲府市の若松町は、駅前の歓楽街のさらの南側に位置する住宅街です。

若松町の町名の由来を記した道標。
「明治9年、甲府の西一条と信立寺町が合併してできた町で、西一条通りに若松座という劇場があった。」と記されています。

若松座は、斎藤建設のあった場所(現在は駐車場)にありました。*1
若松座の前身、亀屋座は、関東八座の一つで、1764年(明和元年)の開業。1803年の鳥羽屋火災で被災のため、1805年(文化2年)に若松町に移転、大劇場をつくり、隆盛期を迎えました。明治になり、1883(明治16)年、若松座と改称しましたが、三井座(のちの桜座)の影響もあり、経営難となったうえ、1892(明治25)年1月の火災に遭い、その後、春日町に再興するも振るわず、2~3年後に姿を消しました。*2

濁川。写真奥は南アルプス鳳凰三山。

参考文献

*1
中丸真治甲府街史山梨日日新聞社出版局1995.10
明治の街並み復元図(現在の市街地との対比)

P.394
若松町・緑町
⑲斎藤建設のあった場所に、若松座があった。

*2
中丸真治甲府街史山梨日日新聞社出版局1995.10
若松座

P.164
前身を亀屋座といい関東八座の一つで有名。1764年(明和元年)に亀屋…

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甲府(黒駒楼)江戸時代の創業の老舗。ランチ丼。

守谷(清瀧香取両神社)清滝神社の下、俗にいう滝下には、料亭がありました。

江戸時代、守谷地区では水運が開け、坂戸井、大木、野木崎など沿岸各所に河岸ができました。河岸とともに発展したのは、その河岸に停泊する船の船頭を相手にする水茶屋でした。水海道河岸にはその水茶屋が数件あり、また、坂戸井河岸、清滝神社の下、俗にいう滝下にも、増屋、花屋などという料亭がありました。*1
(写真は、鬼怒川にかかる滝下橋から見る清滝神社方面。)

江戸時代、清滝神社では毎年秋の取り入れが終わった10月、村芝居が興行されていました。娘っ子たちは、その日になると板戸井にただ一軒ある髪結へ出かけ、綺麗に身づくろいをして祭りに出かけました。*2

川べりの鳥居。かつては、河岸からこの鳥居めがけて登る道があったのでしょうか。

船頭の船主が寄進したものと思われます。

参考文献

*1
守谷中央図書館広報もりや掲載 郷土の歴史守谷市教育委員会2002 リンク
第80号1970.9.1
鬼怒川雑史 リンク

水運が開け、舟の往来が激しくなると、沿岸の各所に河岸ができた。守谷地区では…

*2
守谷中央図書館広報もりや掲載 郷土の歴史守谷市教育委員会2002 リンク
第106号1973.6.25
高梨輝憲板戸井の村芝居と乙子の石神様 リンク

(1)板戸井の村芝居
江戸時代、働くことを強制されていた百姓たちは娯楽に…

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守谷(石神神社)神殿の周囲には、おびただしい数の男根。

今回葉、守谷(茨城県守谷市)の町並みを散歩します。
石神神社は、「乙子の石神様」とも呼ばれ、オオヒビヤイナソンジャを祭神としたもので、創建は享和三年(1803)と伝えられています。明治43年に村内にあった駒形神社を合祀し、社殿も神殿風に造り変えられました。*1
神殿の前には、大小2体の男根が安置されています。

小さい方の男根の方が古く、「石神」と刻まれています。

大きい方の男根は、「平成5年9月」と刻まれており、新しいものです。

神殿の周囲には、おびただしい数の男根が安置されています。

参考文献

*1
守谷中央図書館広報もりや掲載 郷土の歴史守谷市教育委員会2002 リンク
第106号1973.6.25
高梨輝憲板戸井の村芝居と乙子の石神様 リンク

(1)板戸井の村芝居
江戸時代、働くことを強制されていた百姓たちは娯楽に…

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取手(新明坂)石段の坂。旧取手宿本陣の裏手。

峠坂※1 を上りきり、さらに南下すると神明坂があります。
このあたりは、旧取手宿本陣の裏手にあたります。

左側に石標が建っていますが、右側にもう一つ、古い石標が建っています。

石段の坂です。

坂の上部にも石標が2本建っています。

取手(峠坂)手すりが欲しくなるほどの急坂。

取手駅東側口の長禅寺があるたりは、小高い丘になっていますが、その北側の道は低地になっています。その道を南下すると峠坂に出会います。道が二股に分かれていますが、右側が峠坂です。

手すりが欲しくなるほどの急坂です。

坂の上部から見ると急坂であることを実感できます。

半分埋もれてしまっていますが、峠坂の石の道標が残っています。

参考文献

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取手(新明坂)石段の坂。旧取手宿本陣の裏手。

取手(青柳本願寺)徳川家康の重臣の本多重次の菩提寺。金精神。

取手駅から西に約1km。
青柳本願寺は、徳川家康の重臣の本多重次の菩提寺です(案内板より)。

本堂の手前左側に、石神様が3体祭られています。

金精神。

こちらの2体は「石神」と刻まれています。

参考文献

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取手(山口屋)やきそば専門店。200円。特大たまご入り。

取手駅から競輪場方面へ向かう道の途中。

こじんまりとした焼きそばの店があります。

メニューは焼きそばのみです。アルコール類はありません。

やきそばの「特大たまご入り」とジンジャエールを注文。

参考文献

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取手(さかえや)競輪場に隣接。レトロな食堂。

今回は、取手(茨城県取手市)の町並みを散歩します。
取手競輪場の入口のすぐ近くに、レトロな食堂があります。

お食事処「さかえや」。

店内では、競輪を観戦できます。競輪好きのお客さんは、店と競輪場の間を何往復もします。(競輪場内ではお酒は飲めません。)

もつ煮と日本酒(熱燗)を注文。日本酒はガラスの徳利で出てきます。

参考文献

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水戸(食堂)ちゃんぽんの店。国道51号線沿い。

水戸駅の東側。国道51号線沿い。

大衆食堂の「ともべ食堂」。

ちゃんぽんが自慢の店です。

ちゃんぽんとビールを注文。

参考文献

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