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タクソノミー(分類)

地図・年表(参考文献)

野田町全図(部分)

千葉県野田町全図(大正四年)をもとに作図。

人車鉄道

醸造工場

江戸切絵図

江戸マップβ版をポリゴン化。
(江戸城周辺部分など、現在作業中。)

永井作 空中写真

柏競馬場 馬場

浮世小路 切絵図

柏飛行場 滑走路

柏飛行場 誘導路

日本 都道府県

東京都 市区町村

早野新田

浅草公園及び付近

木更津 道路縁

淀橋台

朝霞台

永井作 住宅地図

今戸箕輪浅草絵図

浅草御蔵前辺図

神奈川県 市区町村

水涯線

浅草公園区割り図

火災保険地図をもとに作成。

1873年 公園制度の誕生

1873年(明治6年)、政府(太政官)から出された布告(「府県は公園に見合う土地を選定して申し出よ」という通達)が公園制度の発祥である。これに従って、東京府は太政官に対して、浅草寺(浅草公園)、寛永寺(上野公園)、増上寺(芝公園)、富岡八幡宮(深川公園)、飛鳥山(飛鳥山公園)の5カ所を公園として伺い出…

1878年 「公園出稼仮条例」布達

(戊辰戦争時の)上野の戦争で山下(上野山の東側の麓一帯)を追われた諸興行場が奥山にながれこみ、浅草公園の奥山の出店・小屋掛けの総数は250を超えていた。(やむなく、現状を認めるかたちで、)明治11年10月12日に「公園出稼仮条例」が布達され、従来の奥山の門限(午後6時)の延長(午後12時)が規定されたが、これ…

1885年 銘酒屋の誕生

銘酒屋の誕生は、十二階の開場よりも以前に遡る。明治18年(1885年)に奥山の見世物小屋や料理屋が六区へ移されたとき、奥山に8軒の銘酒屋が出現した。この銘酒屋は明治24、5年頃には発展の翼を東京市中へ広げていき、音羽の護国寺、谷中の寺町、深川、本所、本郷の丸山福山町、などに撒き散らされた。これら東京市中…

1889年 凌雲閣(十二階)開場

凌雲閣(十二階)は,明治22年(1889年)10月に建設計画が発表され、十二階は、明治23年(1890年)の4月から7月にかけて上野公園で開催された第三回内国勧業博覧会の遊覧客をあてこんで同年の1月に建設が始められていたが、予定より大幅に遅れて、博覧会が終わってから4か月後の同年11月に、ようやく開場に漕ぎつけ…

1928年 第一回春季柏競馬開催

経済不況が深刻化するなか、第一回春季柏競馬が昭和3年5月6日から3日間、県畜産組合連合会の主催で開かれた。
柏競馬は毎年春秋二回開催され、昭和13年まで続いた。

1942年 六軒町に慰安所設置

1942(昭和17)年3月頃、第二海軍航空廠と海軍木更津航空隊の幹部が話し合った結果、海軍直属の慰安所を設置することが決められた。唐突な慰安所設置の背景には航空廠に徴用命令で集められた工員たちに待遇等に関する不満から脱走が相次いだことや、航空隊の出撃宴会での女性をめぐる将校と一般…

1943年 日本光学工業が柏競馬場敷地を買収

日本光学工業(現在のニコン)は、昭和18(1943年)年2月、陸軍航空本部発注の爆撃用照準環境や航空写真機の製造工場拡張のため、柏競馬場敷地とゴルフ場用地を買収し、軍事工場建設を計画した。しかし建設材料の入手遅延のため工事が進まず 次に工場建設はほとんど未着手のまま終戦となった。

1943年 六軒町の開設

戦時下の物資不足の時期であったが必要資材はすべて軍が発注したので容易に集められ、1943年2月に六軒の建物が完成した。

1949年 戦後の柏競馬が再開

昭和23年7月13日に競馬法が公布され、県では日本光学工業から競馬場を賃借して 同24年2月5日戦後の第一回県営柏競馬が再開した。