今回は、上総一ノ宮(千葉県長生郡)の町並みを散歩します。
JR外房線上総一ノ宮駅の西側の通りの美容室の隣。

井戸まわりはレンガ積みです。

玉前神社近くの三差路。

こちらも同様にレンガ積みですが、高さがあります。井戸の周囲もレンガが敷き詰められています。共同の井戸だったのかもしれません。

今回は、上総一ノ宮(千葉県長生郡)の町並みを散歩します。
JR外房線上総一ノ宮駅の西側の通りの美容室の隣。

井戸まわりはレンガ積みです。

玉前神社近くの三差路。

こちらも同様にレンガ積みですが、高さがあります。井戸の周囲もレンガが敷き詰められています。共同の井戸だったのかもしれません。

横芝から匝瑳市へ向かう国道126号線から北側に一本入った農道沿い。

ホテル「ラベンダー」の看板。

各部屋の位置を示した見取り図を兼ねた看板です。ランプの点滅で満空を表示していたようです。

隣は墓地です。

横芝駅前にあるお食事処「寿々喜」。

ゆったりとしたテーブル席で落ち着けます。

ここでは、地元グルメの「滋養めし」をいただくことができます。
もつは、日持ちしないため、通常はボイルして出荷されますが、横芝町には食肉センターがあるので、生もつのまま店で煮込みむことがでるので、味が格段に違います。*1

「滋養めし」の名前の由来は、横浜でドイツ人からハム・ソーセージの製造技術を学んだ横芝町出身の大木市蔵氏が、大正12年の関東大震災において、被災した方々にふるまった、塩漬け肉と野菜を使った汁かけ丼「滋養飯」から名付けられました。*1

今回は、横芝(千葉県山武郡横芝光町)の町並みを散歩します。
JR総武本線横芝駅は千葉県に現存する最古の駅舎です。1897年(明治30)6月1日に開業し、戦禍にも合わず建て替えられることなく現在に至っています。*1

横芝駅舎は、寺社や武家屋敷で見られる入母屋造の屋根が特徴。通常の入母屋造とは違って軒を深くするために支柱を立て、広い屋外スペースを確保しています。*1

内部。

駅舎と電車。

JR総武本線松尾駅近くの国道126号線沿いにある「仲よしドライブイン」。看板の文字に歴史を感じます。

入口のドアに「かつお入荷しました」の張り紙。

店内はレトロ感満載です。

「かつおニンニク醤油づけ定食」を注文。器の中に厚切りのかつおが10切れぐらい浸かっていてボリューム満点です。

成東山不動院長勝寺本堂の直下に、「成東山不動鉱泉」の碑が建っています。

明治34年、ここに、鉱泉旅館「成東館」が開業。尾崎紅葉、伊藤佐千夫等多くの文人も滞在しました。現在は、「鉱泉井戸」の跡が残されています。*1

「成東館」は、昭和5年頃に廃業、わずか30年足らずで歴史に幕を閉じました。

成東山不動院長勝寺本堂からの眺め。

今回は、成東(千葉県山武市)の町並みを散歩します。
成東駅の南側。作田川近くに長屋風の建物があります。

居酒屋が営業中です。

5軒分ぐらいの規模の建物。現在は看板はまばらです。

建物脇のトイレ。

JR八日市場市から山側へしばらく行った小高(おだか)地区に八坂神社があります。

拝殿には、所狭しと男女の性器を形どった石や木が奉納されています。

形状や色はさまざまです。

江戸時代に奉納された大型の楕円の石もあったそうですが、*1、この石のことかもしれません。

春海の掩体壕の案内板に、「椿にも掩体壕が残っている」と書かれていますが※1、 干潟駅から国道126号線を西に進み、交差点を北に入ったところに、それらしきものが残っています。

住宅地の中の広場に残るコンクリート製の構造物。

形状は掩体壕と同じですが、戦闘機を格納するには小さすぎます。防空壕か弾薬などの保管庫だったのかもしれません。

内部。

干潟駅から北へ約2Km。旭市との境の田んぼの中に、2基の掩体壕が残っています。*1

保存状態は良好です。

案内板も設置されています。

秋田川から見た掩体壕。
