茂原の二宮地区は素掘りトンネルが密集しています。※1
八幡神社の脇に入口のある細田トンネルは、1900年(明治33年)頃に掘られたトンネルです。*1

水を入れた簡単な水準器を使わて掘られたそうです。*1

トンネルは緩やかな曲線を描いていて、出口が見えず暗いので、中央付近に電灯が灯っている。曲げて掘られたトンネルは市内ではこの細田トンネルだけです。*1

八幡神社側の入り口に、石造りの繭にも俵にも似ている道祖神が祀られ、古くから往来した道であったことを物語っています。

茂原の二宮地区は素掘りトンネルが密集しています。※1
八幡神社の脇に入口のある細田トンネルは、1900年(明治33年)頃に掘られたトンネルです。*1

水を入れた簡単な水準器を使わて掘られたそうです。*1

トンネルは緩やかな曲線を描いていて、出口が見えず暗いので、中央付近に電灯が灯っている。曲げて掘られたトンネルは市内ではこの細田トンネルだけです。*1

八幡神社側の入り口に、石造りの繭にも俵にも似ている道祖神が祀られ、古くから往来した道であったことを物語っています。

茂原駅の西側の庄吉・国府関・押日は、素掘りトンネルが数多く密集して残る地域です。
トンネルの分布が密であるのは、農家の住まいのある谷(やつ)と山丘を越えた谷の両方に耕地があるためです。戸田谷(へたやつ)トンネルは、1923年(大正12年)に彫られたは二宮地区でも古い方のトンネルです。*1

現在は、トンネルの入り口部分は、コンクリートで補強されています。

トンネルの貫通は、農機具や肥料の運搬を容易にし、施肥も十分に出来るようになり、また、見廻りの回数も増えるなどして増収に寄与しました。*1

反対側(東側)。

庄吉・国府関・押日は、住まいのある谷(やつ)と山丘を越えた谷の両方に耕地が…
今回は、茂原(千葉県茂原市)の町並みを散歩します。
茂原駅から西側へ向かう通称「茂原街道」沿い。

お寺のお墓の近くに、「必ずシートベルト」と書かれた交通安全人形が建てられています。

手には、「注意」と書かれた黄色い旗。「飛び出し注意」などの横断旗人形としても使えそうです。

ご協力 實相寺。

ホテルの建物※1から北へ一ノ宮川を渡った道路沿いに、めずらしいものがあります。

「ダチョウのたまごあります。」の看板。

ダチョウが3羽。

ダチョウを間近で見ることができます。

上総一宮から一ノ宮川を2Kmほどさかのぼったところにある北川橋。

北川橋の近くにホテルの廃墟が建っています。

中世ヨーロッパのお城を模したメルヘンチックな外観です。

入口の看板。

上総一ノ宮駅北西のしがさ通り。ここまで来ると観光客の姿はありません。

小金庵は、地元の方々でにぎわうそば屋さんです。

そば、丼ものが中心ですが、カレーライスや中華そばもあります。

中華そば(チャーシューをトッピング)とビールを注文。
おそば屋さんらしい和風だしの醤油味です。

風船爆弾は、第二次大戦で敗色が濃くなってきた日本軍が、風船爆弾によってアメリカ合衆国を直接攻撃する作戦を展開したものでした。*1

茨木県大津に部隊本部と放球攻撃の第一大隊を設営され、第二大隊は千葉県一宮。第三大隊は福島県勿来にあって、日本の三カ所から放球されました。*1

一宮の打上げ基地は、打ち上げのためのコンクリート台が数基あり、風船爆弾の運搬のために、打上げ基地に向かって上総一ノ宮駅から引込線(線路、現在の一宮停車線に沿う)が敷かれました。実際の打上げ基地は海側の一帯にありました。*2

看板には、満球テストの様子の写真が掲載されています。

P.232
アメリカ本土攻撃のマル秘部隊
第二次大戦で敗色…
一宮の打上げ基地は、打ち上げのためのコンクリート台が数基据えられたといい、…
長生郡睦沢町の中心部にある西門橋。

西門橋の欄干越しに瑞沢川が流れます。

川底から川面に向かって連続的に泡が噴出し発泡している様子をあちこちでみることができます。*1

南関東ガス田の天然ガスを視覚的に理解できる自然湧出現場です。*1

南関東ガス田の天然ガスのポテンシャルの高さを視覚的に理解できる天然ガスの自…
玉前神社の北側にある焼きそば専門店の「かさ屋」。看板や暖簾はありません。

簡素な店内。

メニューは、焼きそばのみです。

スーパージャンボを注文。

上総一宮の玉前神社の裏通り。

玉前神社周辺と門前の商店街には、江戸~昭和期までの歴史的建物が現存しています。*1

吉村理髪店は、江戸時代からの髪結い床で、現在の当主は5代目だそうです。*1

大正時代に改築し、当時のモダンな様子を今も留めています。
