我孫子(布施弁天)新吉原寄進の石灯籠。文化九年。

関東三弁天の一つに数えられた「布施弁天」。
かつては、石段の両側には深川仲町の粋どころの名がずらりと刻まれていましたが*1、現在は風化したためか、見えなくなっています。

石段の上の石灯籠。

文化九年と読めます。

新吉原の関係者の寄進によるものです。

参考文献

*1
山本鉱太郎旧水戸街道繁盛記 上巻崙書房出版1994.10
馬橋から新興都市柏へ
布施弁天繁盛記

P.206
布施弁天は、古来、江ノ島弁天様、上野不忍池畔の弁天様と共に関東三…

参考記事

我孫子(曙食堂)地元の方々で賑わう大衆食堂。

我孫子駅北口から徒歩15分。
アパート風の看板建築の「曙(アケボノ)食堂」があります。

地元の方々で賑わう大衆食堂です。

大衆食堂でありながら、ホッピーが飲めるのが魅力です。

タンメンを注文。

参考文献

参考記事

我孫子(旅館角松)嘉納治五郎がよく訪れた割烹料理屋。

我孫子宿の脇本陣近くの旧水戸街道沿いに、「角松」という割烹料理屋があります。

長い塀。

ここには、明治43年頃、講道館を興し、東京高等師範の教授でもあった嘉納治五郎がよく訪れました。また、この料理屋の前身の松島屋という宿は、明治天皇も宿泊した由緒ある旅館でした。*1

入口。

参考文献

*1
山本鉱太郎旧水戸街道繁盛記 下巻崙書房出版1995.4
我孫子宿と手賀沼
我孫子を愛した嘉納治五郎

P.14
旧脇本陣の小熊家の近くの旧水戸街道沿いに、「角松」という塀の長い割…

参考記事

我孫子(弥生軒)画家の山下清が働いていた老舗。

今回は、我孫子(千葉県我孫子市)の町並みを散歩します。
我孫子駅は、常磐線の複々線区間にあって、乗降客も多い駅です。

我孫子駅の名物と言えば、「弥生軒」です。
近年、首都圏では「万葉」など駅そばの閉店が相次ぎ、代わりにNREなどJR系列会社のチェーン店が増え、個性が消えつつあります。そのような逆風の中でも昔ながらに頑張っているのが我孫子駅の「弥生軒」です。*1

画家の山下清が働いていたことでも有名です。山下清は、12歳の時、千葉の保護施設「八幡学園」に入園し、指先のリハビリを兼ねた貼り絵で天分を発揮しました。18歳のとき、園を脱走し、放浪するうちに、当時弁当屋だった弥生軒に拾われました。*2

名物の「から揚げそば」(2個のせ)を注文。
から揚げは、駅近くの工場で調理していて、自家製で新鮮なのが売りです。*1

参考文献

*1
朝日新聞社朝日新聞 夕刊朝日新聞社2016.2.29
駅そば 時代の波 消えゆく老舗 JR系急増個性派奮闘 大手も試行錯誤

首都圏では駅そばの閉店が相次いでいる。千葉駅では、2017年6月、長く続いた「…

*2
産経新聞社正論 令和3年11月号産経新聞社2021.11
将口泰浩文人論客壺中之天(ぶんじんろんかくこちゅうのてん)(Vol.49)我孫子 弥生軒×山下清

我孫子界隈で一番有名な店が立ち食い蕎麦「弥生軒」である。電車を乗り継いでも…

参考記事

筑波(ユースホステル筑波山荘跡)昔は遊廓「なが楼」。

旧郵便局から先は、つくば道が県道にでる手前の最後の階段です。

奥に「ホテル青木屋」が見えます。

ユースホステル筑波山荘だった建物。*1
昔は、遊廓「なが楼」だったそうです。*2

県道にでる所に建つ「つくば道」の石柱。

参考文献

*1
ゼンリンつくば市筑波地区・大穂地区ゼンリンの住宅地図ゼンリン1989.12

P.4
旧郵便局の北側に、ユースホステルの記載。

*2
筑波大学人文地理学研究筑波大学地球科学系
佐々木博筑波山門前町の立地生態1983.03

P.190
fig.2 明治初年頃の筑波山門前町(地図)

参考記事

筑波(旧郵便局)昭和14年に建てられました。

「つくば道」沿い建つ筑波山旧郵便局。

洋風のおしゃれな建物です。

旧筑波山郵便局は、昭和14年に建てられました。昭和50年に郵便局を引退、平成20年に筑波大学生らの手によって改修されました(案内板より)。

旧郵便局は、急な石段を登った場所にあります。

参考文献

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筑波(土産物屋)つくば道から続く筑波神社周辺。

筑波(旅籠跡)明治初年の建築。当初から旅籠。

つくば道の三叉路を過ぎたあたりから、道の傾斜も増してきます。

通りに面して建つ二階建ての建物。

明治初年の火災で焼失した直後に建てられたもので、建築当初から旅籠として使用されていました。*1

つくば道の年代が古い二階建ての建物は、旅館業を営んでいたものが多いそうです。*1

参考文献

*1
日本建築学会計画系論文集日本建築学会
湯本桂近世の筑波山門前における参詣道沿いの町並の変遷について二階建て家屋を中心に2005.12

P.228
大越家住宅は、短冊形の敷地内に通りに面して屋根の平側を向けて建つ…

参考記事

筑波(明治の牛乳箱)ビンは洗ってお返し下さい。

筑波山神社の「一の鳥居」の近く。つくば道沿いに民家が点在しています。

郵便箱の下に明治牛乳の木製牛乳箱が設置されています。

側面に「ビンは洗ってお返し下さい」の表記のある牛乳箱は、珍しいと思います。

保存状態良好です。

参考文献

参考記事

筑波(一の鳥居)つくば道。明治初期は、道の両側に土産物屋。

北条の道標※から「つくば道」を進むこと約3km。「一の鳥居」に着きます。
一の鳥居は宝暦9年に造られ、この鳥居から上が神域とされました(案内板より)。

明治時代初期、道の両側には土産物屋などが建ち並んでいました。*1

ふりかえると、北条方面が見下ろせます。

しばらく行くと、「つくば道三叉路」に出会います。右が「つくば道」です。

参考文献

*1
西海賢二筑波山と山岳信仰講集団の成立と展開崙書房出版2012.11
筑波山神社と筑波山信仰について

P.17
筑波山信仰は鎌倉期において形成され、徳川幕府の筑波山神社に対する信…

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※1筑波(つくば道道標)これよりつくは道。台座部分は八角柱の形状。

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筑波(土産物屋)つくば道から続く筑波神社周辺。

筑波(つくば道道標)これよりつくは道。台座部分は八角柱の形状。

今回は、筑波(茨城県つくば市)の町並みを散歩します。
つくば市北条の三叉路には、高さ3メートルにも及ぶ大型の道標が建っています。*1

「これより つくは道」。
かつての北条の町が、筑波山の参拝者によって活況を呈した様子を偲ばれます。

道標の台座部分は八角柱の形状で、再建願主 野沢惣兵衛、同 山口武右衛門、同 武井仁右衛門と彫られています。再建願主のメンバーは、いずれも北条における有力商人です。*1

筑波山信仰は鎌倉期において形成され、三代将軍家光のときには、日光東照宮とともに、筑波山知足院が幕府の大鎮守とされました。*1

参考文献

*1
西海賢二筑波山と山岳信仰講集団の成立と展開崙書房出版2012.11
筑波山神社と筑波山信仰について

P.17
筑波山信仰は鎌倉期において形成され、徳川幕府の筑波山神社に対する信…

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筑波(「従是筑波山道」碑)茨城百景。筑波山への登山口。
筑波(一の鳥居)つくば道。明治初期は、道の両側に土産物屋。