浦安(境川)かつての浦安の政治経済の中心地。

堀江3丁目の新橋から望む境川。
かつての境川には、2千艘近くの船がびっしりと係留されており、獲ってきた魚介類を荷揚げする光景があちらこちらで見られました。境川の水は昭和20年代頃までは川底が透けて見えるほど美しく、人々は長い間、この川の水を飲み水や炊事洗濯などの生活用水として利用してきました。*1

大正期の境川(案内板より)。

西境橋付近(写真左奥)は、六人網の船着き場だったことから、「六人河岸」と呼んでいました。六人網とは、巻網漁のひとつで、東京湾内を回遊するイワシやコハダなどを獲りました。*2

かつて、この地には浦安町役場があり、隣には漁業協同組合の事務所がり、浦安の政治経済の中心としてこの地は栄えていました。漁業権放棄によって漁業協同組合は解散となり、町の中心地であったこの地の面影も次第に失われ、境川の流れを残すのみとなりました。*3

参考文献

*1
浦安市教育委員会浦安市案内板浦安市教育委員会
境川

境川は、江戸川の支流で、江戸時代には、人々は境川の両岸に密集して民家を建て…

*2
浦安市教育委員会浦安市案内板浦安市教育委員会
六人河岸

六人網の船着き場だったことから、西境橋付近を六人河岸と呼んでいました。六人…

*3
浦安市教育委員会浦安市案内板浦安市教育委員会
浦安町役場跡

明治44年(1911)、この地に浦安町役場が建てられました。瓦葺(かわらぶき)平…

参考記事

浦安(狛犬のエロス)清瀧神社。お尻を高く持ち上げる独特のポーズ。

清瀧(せいりゅう)神社の社殿前に鎮座する狛犬。

お尻を高く持ち上げる独特のポーズです。

向かって右側に配置されている狛犬。

生殖器各部位が精密に描かれています。

参考文献

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浦安(「浦安亭」寄進の玉垣)清瀧神社。「青べか物語」では「浦粕亭」として登場。

今回は、浦安(千葉県浦安市)の町並みを散歩します。
境川の新橋近く。

清瀧神社の周囲は、浦安の関係者が寄進した玉垣で囲まれています。
玉垣に、山本周五郎の「青べか物語」に登場する「浦安亭」の名が刻まれています。*1

「浦安亭」は、作品の中では「浦粕亭」として登場します。「土堤の冬」の章では、「浦粕座」を、堀南(堀江のこと)の表通りからちょっと入ったところにあり、古いけれども鼠木戸などを備え、畳敷きの平土間に片花道がある、と紹介しています。*1

漁師町だった浦安らしく、漁業関係者の名が多く並んでいます。

参考文献

*1
浦安市郷土資料館周五郎が愛した「青べかの町」浦安市郷土資料館2018.1
「青べかの町」の紹介

浦安亭
作品の中では、寄席「浦粕亭」として登場する。土堤の冬の章では、「…

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新小岩(巽橋跡)「西井堀」が流れていました。

新小岩駅の北側にあるたつみ橋交差点。
かつては、ここに「西井堀」が流れていました。

コンクリート造りの欄干が残されています。

巽橋。

現在、川が流れていた部分は歩道として整備されています。

参考文献

参考記事

新小岩(クリーニング店)2階には、物干し台が乗っています。

新小岩の東栄信金通り(平和橋通り(都道308号)沿いにある東栄信金から西へ入る路地)。

「有限会社小川クリーング」の看板。

年季の入った駐車禁止看板。

2階には、物干し台が乗っています。

参考文献

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新小岩(中華料理「黒龍」)レトロ感たっぷり。歴史を感じる看板。

 新小岩のルミエール商店街のアーケードを抜けてすぐのところのT字路の角に建つ中華料理「黒龍」。真っ赤な看板が目を引きます。

看板は、あちこちガムテープで補強されていて、歴史を感じます。

店内もレトロ感たっぷりです。

チャーシューワンタンメンとビールを注文。

参考文献

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新小岩(松島三丁目の三叉路)旧丸健跡地。

今回は、新小岩(東京都葛飾区)の町並みを散歩します。
新小岩駅前から続くルミエール商店街のアーケードの先の三叉路。

三叉路の北側(写真右側)には、新しいマンションが建ち、雰囲気は大きく変わりました。

このあたりには、3軒長屋の商店がありましたが、建物はかつての赤線(「丸健」と呼ばれていた)跡の建物が残っていました。※1

三叉路の手前にある路地。※2

鶴巻温泉(蕎麦店)昔ながらの蕎麦屋さん。入口看板の近く。

鶴巻温泉の入口看板※1 の近く。

昔ながらの雰囲気の蕎麦屋さん。

メニューはそば中心。そばの種類は豊富で、価格もお手頃です。

天ぷらそばとビールを注文。

鶴巻温泉(吾妻山)弟橘媛の伝説。相模湾方面の眺望。

吾妻山へは、整備された登山道が続きます。

ほどなく、頂上に到着です。

頂上からは、鶴巻温泉の市街、相模湾方面を遠望することができます。

日本武尊が東征の際。相模から上総へ海を渡ろうとした時、荒れた海に身を投じた弟橘媛の伝説は千葉県の木更津などに伝わっています(きみさらず伝説)。※1※2
征伐後、帰る途中に相模湾が見えるこの山に登ったのでしょうか。

鶴巻温泉(吾妻山への登り口)光鶴園が建てた道標。

鶴巻温泉元湯陣屋のあたりから西へ分岐する道を進み、東名高速をくぐる隧道を抜けると、吾妻山への登山口です。

吾妻山へは0.5kmです。途中、坪ノ内方面へ降りる道を分岐する地点に道標が建っています。

「弘法山ハイキングコース」と書かれている通り、吾妻山を経由して弘法山~権現山※1 へ至るハイキングコースです。

道標は、光鶴園※2 が建てました。