茂原(寿司店)新茂原駅前。ランチメニューもあります。

新茂原駅前の通り沿いには、飲食店が散在しています。

すし、天ぷら、うなぎの辰巳屋。

ランチメニューもあります。

ちらし寿司とビールを注文。

参考文献

参考記事

茂原(新茂原駅)紺地に白文字で書かれたホーロー駅名標。

今回は、茂原(千葉県茂原市)の町並みを散歩します。
外房線茂原駅の一つ手前の新茂原駅。

改札口へ。

紺地に白文字で書かれたホーロー駅名標。近年は姿を見かけなくなってきましたが、綺麗な状態で残っています。

駅舎もレトロな雰囲気です。

参考文献

参考記事

調布(敷石碑)常性寺。明治11年、布田貸座敷の全盛期。

布田駅近く。旧甲州街道沿いにある常性寺。

境内の西側手前の隅に、「敷石碑」が建っています。
これは、五宿の貸座敷業の主人が、明治11年、境内の敷石を寄付した記念碑です。※1

「五宿貸座敷」。

五宿貸座敷の主人20名の名が刻まれています。*1

1865年、幕府は長州征伐を行ない、布田五宿に対し、軍用金5000両の献上を要求しましたが、五宿は、飯盛り旅籠の設置の許可を願い出、飯盛旅籠が認められれば、7000両の冥加金を上納することを申し出ました。その結果、1866年 7月以前には布田五宿に飯盛旅籠が許可されました。その後、貸座敷業者は、1875年には17件を数え、さらに1877年には21軒に増加しましたが、その後は衰退しました。※2

この「敷石碑」は、布田の貸座敷が全盛期のものといえます。

参考文献

*1
今井金吾今昔三道中独案内新装版JTB出版事業局2004
国領より下布田へ

P.265
国領二丁目から一丁目に入ると、右手に常性寺がある。境内隅には敷石…

*2
続調布の里ものがたり編集委員会調布の里ものがたり女たちの明治・大正・昭和 : 研究レポート・資料・聞き書き 続調布市生活文化部女性課2000.11
布田五宿から仲町特飲街へ

P.73
甲州街道筋では、内藤新宿、高井戸、府中、八王子が飯盛女を置いていた…

参考記事

調布(台北飯店)ひし美ゆり子さん経営の店。

調布駅北側の商店街「調布銀座」にある台北飯店。

台北飯店は、ウルトラセブンにアンヌ隊員役として出演したひし美ゆり子さんが経営されている店です。※1

ランチメニューは種類が豊富です。

チャーハン・スープ餃子とビールを注文。

アンヌ隊員は、セブンファンだけではなく、多くの人々にとって永遠のあこがれです。※1

参考文献

*1
忘七の会ゆり子の部屋忘七の会 リンク

日本特撮ドラマ史上に輝く名作、『ウルトラセブン』(1967-68年全国放送)。

このホームページ リンク

ひし美さんへのファンレターの宛先は、ひし美さんが経営されている台北飯店調布…

参考記事

調布(牛乳販売店)名糖牛乳。旧甲州街道沿い。

調布駅の北側。旧甲州街道沿いにある名糖牛乳宮川販売店。

名糖牛乳のマーク。

名糖牛乳の商品が並んでいます。

横から見ると、看板建築であることが解ります。

参考文献

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調布(掩体壕大沢1号)戦闘機「飛燕」のモニュメント。

調布駅の北、武蔵野の森公園。

園内に掩体壕の遺構が残されています。

戦闘機「飛燕」のモニュメント。
「飛燕」は、第2次世界大戦中、川崎航空機工業(現在の川崎重工業)が製作した戦闘機で、唯一の水冷式戦闘機として開発され、最大速度610km/時、高度1万メートルでも編隊飛行が可能であるなど、当時の世界水準をいく高性能機でした。※1

掩体壕の前面は、ふさがれていますが、そこには、「飛燕」が描かれています。

参考文献

*1
川崎重工業株式会社川崎重工業株式会社 公式ページ川崎重工業株式会社
三式戦闘機「飛燕」

第2次世界大戦中、当社(川崎航空機工業)が製作した三式戦闘機「飛燕」は、太…

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調布(タコ公園)再建された「タコのすべり台」。

調布駅前公園は昭和47(1972)年に開園し、タコのすべり台があったことから「タコ公園」として親しまれてきましたが、京王線の地下化に伴う駅前広場や地下駐輪場などの整備のため、平成28(2016)年9月30日に閉園しました。*1

現在の「タコ公園(通称)」は、令和2(2020)年4月、調布市役所裏の京王相模原線の跡地に、鉄道敷地公園(仮称)が開園したもので、ここに、かつてのタコ公園のシンボルだった「タコのすべり台」が再建されました。*1

多くの市民からの復活の要望を受け、先代のタコの頭の一部が現在のタコの頭に埋め込まれているそうです。*1

すべり台は、迫力満点です。

参考文献

*1
調布市郷土博物館調布市郷土博物館 展示物調布市郷土博物館
タコ公園

調布駅前公園は昭和47(1972)年に開園し、タコのすべり台があったことから「タ…

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調布(日活撮影所の碑)銀座の並木通りとみゆき通りを再現したオープンセット。

桜堤通り沿いにある日活調布撮影所。近くには、多摩川自然観察緑地があって、水と緑の環境に恵まれた場所です。

撮影所の建物の東隣(写真右手前の塀のある場所)に、ぬのた公園への通り抜け通路の入口があります。

曲がりくねった通路を進むと、調布市立ぬの多公園への敷。(写真中央)地につながっていますが、この場所に小さな石碑があります

日活撮影所の碑。日活映画全盛時代を象徴する石碑です。
説明文によると、撮影所ができた頃は、周囲に住宅は無く、田園風景が広がっていたそうです。

1962年には銀座の並木通りとみゆき通り等の町並みを再現したオープンセットが完成し、同年3月公開の「銀座の恋の物語」「上を向いて歩こう」で使用されたそうです。

参考文献

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調布(映画俳優之碑)調布映画発祥の地の碑が隣接。

今回は、調布(東京都調布市)の町並みを散歩します。
多摩川5丁目の「角川大映スタジオ」(写真の左奥に見える建物)の近くに映画俳優之碑があります。

昭和の映画界を代表する俳優の名前が刻まれています。

映画俳優之碑のすぐ近く。多摩川5丁目児童遊園の敷地内には、調布映画発祥の碑。

碑の説明文によると、昭和8年1月、この地(調布市多摩川)の「水と緑と澄んだ空気」が映画産業に欠かすことのできない条件であったことから、最適地に選ばれ、日本映画株式会社が設立され、多摩川スタジオが完成したそうです。

参考文献

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吉原(弁財天の奉納額)昭和30年3月。水常楼が発起人。

吉原弁財天のお堂※1 の中に掲げられている奉納額。

当時の店舗の屋号が解る貴重な資料です。

額の左側は、料亭などの店舗の名が連なっています。

昭和30年3月、発起人は「水常」と記されています。

参考文献

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この記事を参照している記事

日暮里(延壽寺)昭和17年に奉納された額。