歌舞伎町(三経ビル)ポストモダン建築

ホテル「白川郷」(写真左手前)の並びにある三経82ビル。
一見普通のビルに見えますが、アメリカで出版されたポストモダン建築の本の表紙を飾りました。*1

1階には、飲食店が入っています。ビル脇に2階(ホストクラブ)へあがる階段があります。

三経82ビルから北へ約30mにある三経75ビル。頂上部分が特徴的な形状です。

ホストクラブなどの風俗店が入居しています。

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商業 歌舞伎町

参考文献

*1 橋口敏男: 新宿の迷宮を歩く (平凡社,2019)300年の歴史探検
P.174-P.175 「白川郷」の並びにあるグレーの「三経82ビル」は、一見普通のビルに見えますが、アメリカ…

参考記事

歌舞伎町(バッティングセンター)レトロな娯楽センター

歌舞伎町の北側にある新宿「バッティングセンター」。
1978年に開業しました。*1

入口。

長嶋茂雄と思われる絵看板。

最近は、ストレス発散の場として利用されているようです。

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娯楽文化 歌舞伎町

参考文献

*1 新宿メトログループ: 新宿メトログループ ホームページ (新宿メトログループ,)
企業概要 沿革 1978年 新宿バッティングセンター建物完成に伴い開業

歌舞伎町(新宿センター街)思い出の抜け道

今回は、歌舞伎町(東京都新宿区)の町並みを散歩します。
風林会館前に、現在も闇市の風情を残す横丁が残っています。*1※1
最近、「思い出の抜け道」と書かれたゲートができ、整備されたました。

少し奥へ進むと、以前の雰囲気が残っています。

南側の通路。

屋台のような店舗も健在です。

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飲食街·横丁 歌舞伎町

参考文献

*1 赤岩州五: 新宿・渋谷・原宿盛り場の歴史散歩地図 (草思社,2018)
P.72-P.73 尾津組は三光町(旧町名)の都電路線がわの一角(現・ゴールデン街)に、和田組は甲州街道沿い…

参考記事

高田馬場(グリーン企画跡地)ビニ本出版社

早稲田通りに面した場所に、かつてビニ本出版社として名を成したグリーン企画の入る雑居ビル「原田ビルマンション」がありました。*1

「原田ビルマンション」は、現在は、成城石井が入る巨大ビルに生まれ変わっていますが、当時の「原田ビルマンション」は、1階はやきとり屋や定食屋がのれんを出す庶民的な雰囲気で、二階に公衆浴場がありました。301号室にグリーン企画がありました。*1

70年代半ば、高田馬場の神田川に近いアパートの一室に創業したエルシー企画は、自販機本「Jam」を出版しました。*1
自販機本は、悪書として扱われ追放運動が行われた地域もありました。※1

グリーン企画は、その後白夜書房に発展。「写真時代」は赤瀬川原平さんの「路上観察学トマソン」などの連載もあり、大ヒットしました。*2

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売店 高田馬場

参考文献

*1 本橋信宏: 高田馬場アンダーグラウンド (駒草出版株式会社ダンク出版事業部,2019)
P.128 グリーン企画は、大手取次を通さず書店に持っていく「直販本」というヌードとエロ記事が載った雑誌…
*2 山崎一夫: 高田馬場の三馬鹿物語 (竹書房,2005)
「『白夜書房』の前身の『グリーン企画』って、確か『たぬ』の本店の近くの路地裏に、小さなお店をだして…

参考記事

高田馬場(日本館)昭和11年に始まった学生向けの下宿屋

国旗掲揚塔※1 のある通りを南へ進んだ四つ角にある下宿屋の日本館。昭和11年に始まった学生向けの下宿屋です。

玄関。

部屋数は約30室。

穴あきブロック塀の下に、穴あき状に石材を平積みした構造。

高田馬場(国旗掲揚塔)東京オリンピック

早稲田通りの馬場口交差点から南へ折れ、階段になっている歩道を上り切ったところにある馬のモニュメント。

馬のモニュメントの先に、国旗掲揚塔が鎮座しています。

諏訪町会国旗掲揚塔。1964年(昭和39年)の東京オリンピック東京大会を記念して建てられたものです、日付は10月24日となっています。
千駄ヶ谷で見かけた国旗掲揚塔※1と同じく、町内会が建てたものです。

国旗掲揚塔から北側。写真左奥が「馬のモニュメント」です。

高田馬場(老舗蕎麦店)早稲田の旗

早稲田通り沿いにある老舗蕎麦店。ここも2階は学生ローン※1 です。

蕎麦だけでなく、丼ものも充実しています。

店内には早稲田の旗。昭和15年頃まで早慶戦で早稲田が勝つと、商店街に掲げられたそうです。

うな丼セット(980円)と日本酒を注文。

高田馬場(駅前の看板)学生街の学生ローン

今回は、高田馬場(東京都新宿区)の町並みと風俗を散歩します。
高田馬場は、学生の町です。この町には「学生ローン」と書かれた看板を多くみかけます。

1977年から続く老舗店。

1階が蕎麦屋、2階が学生ローン

電柱の張り紙。

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商店街 高田馬場

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高田馬場

この記事を参照している記事

高田馬場(料理屋跡地)この一画の一番奥まったところ

高田馬場駅前のJR山の手線と西部線に囲まれた飲食街(旧柳小路)※1。
1960年代の頃、この一画の一番奥まったところには、アングラ芝居のバラック小屋がありましたが、その後、浅草千束をおもわせる料亭とバーの街に変身しました。*1

地元の方の話によると、この場所には料理屋の「海の家」*2があって、女性の接客のある店だったそうです。
現在は、1階に「DVD鑑賞」店が入っています。

夜になると、看板に灯りが灯ります。

神田川からみた飲み屋街方面。川と線路に囲まれた一画であることが解ります。
1950年代に特飲街が計画されたこの一画*3※1 は、高田馬場の歴史が凝縮された場所と言えそうです。

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花街·花街跡 高田馬場

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高田馬場

参考文献

*1 富田英三: 新東京百景 (スポーツニッポン新聞社出版局,1975)
P.100-P.101 《高田馬場》一級騒音地 騒音地なればこそ繁盛する、飲み屋に焼き鳥、ラブホテル 国電山…
P.15 現在の高田馬場2丁目19−8に料理「海の家」の記載。
*3 朝日新聞社: 朝日新聞 (朝日新聞社,1950.10.4)高田馬場に“湯の街”・地元や早大は大反対
国電高田馬場駅付近に、“湯の街”を作る計画が向島“ハトの街”の経営者らによって進められ、地元の向上や学…

参考記事

高田馬場(駅前の飲み屋街)“湯の街”計画跡地

高田馬場駅前。JR山手線(写真左)と西武線(写真右)と神田川に囲まれた一画に、小規模な飲み屋街が形成されています。
昭和30年頃の住宅地図*1 を見ると、この一画は、「のみや」「ぜんぶのみや」などと記されています。
昭和37年の駅前再開発※1 の後、数年間は「のみや」が残っていましたが、その後は、写真のような飲食店街兼高層マンションに建て替わり、立体化が進みました。

かつては、柳小路というしゃれた名前がつけられていたこの一画。1960年代までは、スラム街同様のドブ小路だったそうです。*2

話はさらに遡りますが、この一画に昭和25年(1950年)、特飲街を建設しようという話が持ち上がりました。*3
ちょうど大田区の池上の特飲街騒動*4※2と同じ時期に、高田馬場でも同様の騒動があったわけです。

夜の飲み屋街。

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赤線·私娼跡 高田馬場

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高田馬場

参考文献

*1 都市整図社: 火災保険特殊地図-戦後1新宿区全図 高田馬場方面 (都市整図社,年代不詳)
ガード下に「のみや」の記述。
*2 富田英三: 新東京百景 (スポーツニッポン新聞社出版局,1975)
P.100-P.101 《高田馬場》一級騒音地 騒音地なればこそ繁盛する、飲み屋に焼き鳥、ラブホテル 国電山…
*3 朝日新聞社: 朝日新聞 (朝日新聞社,1950.10.4)高田馬場に“湯の街”・地元や早大は大反対
国電高田馬場駅付近に、“湯の街”を作る計画が向島“ハトの街”の経営者らによって進められ、地元の向上や学…
*4 時事通信社: 時事通信 (1510) 時事解説版 (時事通信社,1950.11)世論にゆらぐ歓楽街――池上の場合
P.2241-P.2242 「池上特飲街付近」に、特飲街の場所の記載。 住宅地域に割り込んできた新しい”湯の街”特…

参考記事

この記事を参照している記事

高田馬場(ホテル街)電柱看板

高田馬場の繁華街「さかえ通り」を100mほど進んだあたり。南側に細い路地があります。

卓球場の角に建つホテルの電柱看板。

この付近は、小規模なホテル街になっています。

逆方向から。

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ホテル 高田馬場

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高田馬場

高田馬場(カード下)飲み屋の一群

高田馬場駅の西武新宿線のガード下は、戦後、バラック建の飲み屋の一群がありました。*1

現在もその名残の飲み屋街が続いています。

3階建ての建物。

戦後の住宅地図*2 によると、神田川近くまで建物が続いていました。

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飲食街·横丁 高田馬場

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高田馬場

参考文献

*1 都市整図社: 火災保険特殊地図-戦後1新宿区全図 高田馬場方面 (都市整図社,年代不詳)
ガード下に「のみや」の記述。

高田馬場(女神の像)昭和37年の駅前再開発

今回は、高田馬場(東京都新宿区)の町並みを散歩します。

高田馬場の駅付近は、戦後急増したバラック建ての老朽家屋が密集していましたが、昭和37年、駅前再開発が始まり、駅前広場の中央に女神の像が設置されました。*1

完成当時は、周囲に噴流水が設けられたそうです。*1

再開発の経緯を記す碑が建てられています。

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繁華街 高田馬場

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高田馬場

参考文献

*1 丹羽正春: 東京 (通号 287) (東京商工会議所,1971.05)こうして高田馬場の商店街再開発に成功した(講演要旨)
P.37-P.38 高田馬場は終戦後の二十三年の三月に、戦災復興事業として、政府の指定を受けたのですが、まだ…

この記事を参照している記事

四谷大木戸(新宿遊廓跡地)内藤新宿

今回は、新宿大木戸の町並みを散歩します。
明治時代、内藤新宿と呼ばれていた頃、現在の新宿一丁目交差点から西側は、新宿遊廓があった場所で、街道の両脇には妓楼が建ち並んでいました。*1

新宿一丁目交差点南側は、新宿御苑大木戸門です。

逆方向から見たところ。ここから約100m先に、史蹟「四谷大木戸跡」があります。

地下鉄新宿御苑駅近く。
この付近にも妓楼が建ち並んでいました。*1(写真右は秋葉神社。)

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遊廓·遊里 新宿

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四谷大木戸

参考文献

*1 東京都新宿区教育委員会: 地図で見る新宿区の移り変わり (東京都新宿区教育委員会,1983)
貸座敷、引手茶屋、主要な目標についての記載有り。 P.317 現在の新宿一丁目交差点の西側。 新石楼、三…

四谷大木戸(蓬莱湯跡)現在はコインランドリーが営業中

旅荘※1 があった小路を抜けると大木戸子ども園の前の商店街に出ます。

新宿区の都心にありながら、レトロ感満載の銭湯です。

現在は、銭湯は休業し、商店の建物として活用されているようです。銭湯脇のコインランドリーは営業中です。

銭湯脇の小路。

四谷大木戸(旅荘)旧花街の近く

四谷四丁目の外苑西通り。旧大木戸花街の東側に、旅荘への入口があります。看板には、旧花街※1 にある2つのホテルの位置も示されていますので、経営が同じなのかもしれません。

現在も「旅荘」という呼び名で営業中です。

北側の入口。

閑静な住宅街(写真右手は、大木戸子ども園)の中にあります。写真の奥の鳥居は、田安稲荷神社。

四谷大木戸(花街跡)

今回は、四谷大木戸(東京都新宿区)の町並みを散歩します。
四谷大木戸にに花街ができたは大正11年で、当時、東京では一番新しい花街でしたが、関東大震災で下町の花街が一時全滅の姿に陥った機に乗じて、四谷大木戸は膨張し、震災後一時は、百五十人を超す芸妓が登録されていました。*1*2
現在も営業を続けているのは、「多満川」のみで、他はマンションや駐車場になっています。*3

大木戸芸妓組合事務所は現在のホテルがある辺りにありました。*3

全国花街めぐり*1 には、料理店 三軒(自慢本店、同支店、みやこ鳥)が紹介されています。このうち、自慢本店は、現在の「多満川」から北へ行った突き当りにあるマンション「新宿御苑」の場所にありました。*4
1階部分は料亭の名残を感じさせる石塀に囲まれています。

花街の東側の、崖沿いには「和楽」「清月」など待合が7,8軒ズラリと軒を連ねていました。*3

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花街·花街跡 若葉

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四谷大木戸 大木戸花街

参考文献

*1 松川二郎: *全国花街めぐり (誠文堂,1929)
P.80 ここに花街のできたのは大正11年、東京では一番新しい花街であるが、、そこへ丁度彼の大震災で下町…
*2 大木戸かいわい: *四谷散歩 (大木戸かいわい,1989)
P.47 大木戸花街 大正11年頃、大国座裏に三業地が開かれた。場所は以前ここにあった理性寺の墓地跡で、…
*3 上村敏彦: 東京花街・粋な街 (街と暮らし社,2008)
P.179 昭和2年の「全国芸妓同盟会総員名簿」によると、大木戸芸妓組合事務所は旧永住町36番地。(現ホテ…
*4 新宿区[4] 新宿通方面 1: 新宿区[4] 新宿通方面 1 (都市整図社,1951)火災保険特殊地図(戦後分) [2]
四谷四丁目に、料理屋の「自慢本店」「徳万家」「美よし乃」「布袋家」「胡月」「美津橋」「正月」「重勝…

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荒木町(お岩稲荷陽運寺)カフェー寄進の玉垣

東京四谷三丁目にある「お岩稲荷陽運寺」。四谷怪談で有名な「お岩さん」 を祀っています。

「新宿二丁目カフェー事業..」寄進の玉垣。隣には、荒木町三業の名前もあります。

新宿二丁目「遊楽」「初夢」。

新二、メリー、うらら、ひとみ..。

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信仰・寄進 荒木町

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荒木町

荒木町(レトロ電柱)石畳とよく調和しています

石畳の坂道を下った曲がり角に、コンクリート製のレトロ電柱が一本建っています。

石畳とよく調和しています。

「山洋コンクリート工業株式会社製造」と書かれています。

まだまだ元気です。

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電柱 荒木町

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荒木町